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創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

日蓮偽撰遺文の分類について。

 
 
 
いつもみなさん、ありがとうございます。
 
 
さて今回は興風談所の山上弘道氏による「日蓮偽撰遺文学」の提唱で、グループ分けされた一連の日蓮偽撰遺文、すなわち偽書について考えてみたいと思います。
 
 
このブログでは多くの日蓮遺文を「偽書」として批判し、その根拠も複数示すようにしています。その理由は日蓮の著作として多くの偽書が後世に創作されており、日蓮の本来の思想が見えなくなっているためです。
ところで、日蓮の遺文に多く偽書が作成された理由はさまざまですが、日蓮門流が分裂を繰り返す史的過程において自門流の正統化、また各門流が独自に教学的発展を遂げた教団教義の補完などが考えられるでしょう。言わば偽撰遺文は、分裂した各日蓮門流の発展史とも言えるのかと思います。
 
このことに着目したのが興風談所所員の山上弘道氏で、同氏は「日蓮偽撰遺文学」の重要性を提唱し、日蓮偽撰遺文学によって「各日蓮門流が偽撰遺文をどのように受け止め、変貌してきたのか」という観点から、日蓮門下史を考究することが必要だと考えられているようです。
 
今回は山上弘道氏の「遺文の真偽分別と系年推定」(『中外日報』2024年8月30日付)から、氏による遺文の分類を紹介し、日蓮偽書をいくつかのグループに分け、それらがどのような目的で作られてきたのかを考える一つの手掛かりにしてみたいと思います。つまり日蓮偽書には単独で作られたのではなく、互いに関連して複数で一群として作られている例が少なからず見られるということなのです。
 
 
 
1、最蓮房宛遺文
主に『立正観抄』『立正観抄送状』を中心とし、最蓮房の実在を示すために作られた遺文の一群ということだそうです。具体的には『最蓮房御返事』『生死一大事血脈抄』『得受職人功徳法門抄』などになります。
 
「最蓮房宛の日蓮遺文について」
 
「『生死一大事血脈抄』は後世の偽作である」
 
 
2、日向『金綱集』底本系遺文
次に民部日向説・久遠寺3世日進編の『金綱集』に関連する偽撰遺文群です。これらは山上氏の説明によると『金綱集』に収録された偽撰遺文『法華真言勝劣事』、また『金綱集』の文章を依用して作成されたと推察される一連の偽書があります。具体的には『真言見聞』『真言天台勝劣事』『日本真言宗事』『本門戒体抄』『念仏無間地獄抄』『法華初心成仏抄』『聖愚問答抄』『一代五時継図』『釈迦一代五時継図』などが挙げられています。
私のブログでは中條暁秀氏の所説に依拠して『当体義抄』が『金綱集』から一部文を依用して作成された可能性について書いたことがあります。
 
「『当体義抄』は日向『金綱集』を元に偽作された」
 
 
3、中古天台・凡夫本仏系遺文
次に中古天台の思想が多用され、凡夫本仏等の思想が説かれる一連の偽作遺文群です。具体的には『三世諸仏総勘文教相廃立』を中心に『十如是事』『万法一如抄』『一念三千法門』『読誦法華用心抄』『総在一念抄』『授職灌頂口伝抄』などがあります。
 
 
4、鎌倉妙法寺・円妙日澄周辺遺文
京都本圀寺から鎌倉妙法寺で活躍した円妙院日澄(1441〜1510)の『法華啓運抄』に主に引用され、それを文献的な初出とし、状況証拠から日澄周辺で偽作されたと推定されるものです。この中には『御義口伝』『御講聞書』『船守弥三郎許御書』『日朗譲状』『四条金吾殿御返事』等が挙げられます。
 
「『御義口伝』における『科註』の『補註』への改竄」
 
「船守弥三郎のこと」
 
「建治2年6月27日説の『四条金吾殿御返事』は後世の偽作の可能性が高い」
 
 
5、富士門流系遺文
次に富士門流で偽作された可能性の高いものは『日蓮一期弘法付属書』『身延山付属書』(いわゆる『二箇相承』)『法華本門宗血脈相承事』(『本因妙抄』)『具騰本種正法実義本迹勝劣正伝』(『百六箇抄』)『産湯相承事』『御本尊七箇相承』『教化弘教七箇口決大事』などがあります。特徴はそのどれもが日蓮から日興に相伝されたというものです。
 
「『二箇相承』と『宗祖御遷化記録』との矛盾』
 
「『二箇相承』の矛盾」
 
「『本因妙抄』本文の改竄」
 
「『百六箇抄』の問題点①「経巻相承」」
 
「『百六箇抄』の問題点②「男尊女卑思想」」
 
「『百六箇抄』の問題点③史実との不整合」
 
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
 
「『御本尊七箇相承』から考える」
 
 
上記に書いたように山上弘道氏は偽撰遺文をいくつかのグループに分ける事で、それらの偽作された年代やその目的が推察できることを指摘し、「日蓮偽撰遺文学」を提唱しています。
例えば氏の指摘では『法華本門宗要抄』の偽撰の決定的理由の一つとして、北条時宗を6箇所にわたって「法光寺殿」と称していることが挙げられています。この「法光寺殿」は北条時宗の出家後、弘安7年以降の呼称であり、弘安5年没の日蓮が在世中に使うはずがありません。したがって同じく「法光寺殿」と北条時宗を呼称している遺文『教行証御書』『波木井殿御書』は偽書であると言うことになります。
このブログでは『教行証御書』の「法光寺殿」の用例について取り上げたことがあります。
 
「金剛宝器戒と『教行証御書』について」
 
日蓮偽撰遺文をいくつかにグループ分けすることで、日蓮諸門流がどのように教義を立てて、正統化・独自化していったのかを辿ることで、日蓮門流の史的な成立過程が見えてくるように思います。同時にそのような考察を経て日蓮の真蹟を見つめ直すことによって初めて日蓮の実像に迫ることができるのではないでしょうか。
 
 
参考文献
山上弘道「遺文の真偽分別と系年推定」(『中外日報』2024年8月30日付)