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創価学会版御書全集には『御義口伝』や『生死一大事血脈抄』のような偽書の疑いの強いものを何の検証もなく収録するのに、なぜか日蓮真蹟が現存しているのにもかかわらず、何の紹介もせず御書全集に収録さえせず、信徒に日蓮の真蹟を学ばせないところがあります。
今回もそんな御書を一部紹介したいと思います。
1、『一代勝劣諸師異解事』
ここでは弘法が法華経を大日経に比すれば三重の劣と述べたことに対して、日蓮は逆に「真言が七重の劣である」ことが示されています。この趣旨は日蓮真蹟遺文中、『神国王御書』『諫暁八幡抄』等でも見られますので、日蓮後年の真言批判を裏付ける意味でも重要な日蓮遺文だと思います。
2、『双紙要文』
この御書は引文集であり、『日蓮聖人真蹟集成』に収録されながら、『昭和定本』以外の多くの遺文集には収録されていません。興風談所の山上弘道氏は同抄を「爾前経と法華経の円の同異」、また「一念三千法門の基調を成す引文集」としており、全文を翻刻の上、遺文集に収録されるべきことを提言しています。個人的に本文中において「一念三千名目出処勘文」(13丁表)とし、一念三千の名目が止観や文句等には「之れ無し」(15丁表)と日蓮がその出処を探る思索の過程は非常に重要な部分かと思いますし、また『注法華経』の引文との関係等、学ぶべき部分の多い遺文であると考えます。
3、『一代五時鶏図』(妙覚寺本)
日蓮の真蹟の残る『一代五時鶏図』また『一代五時図』は同じ題号で7編が確認されています。しかしながら創価学会版御書全集で収録されているのは3編に止まります。しかしこの『一代五時鶏図』は、日蓮が生涯に渡って複数回、継続的に書いている御書であり、門下の教導に非常な重要な意味を持つ重書です。このように日蓮が生涯に渡って継続的に書いた述作は他には『注法華経』と『立正安国論』があるのみです。
内容としては釈迦一代五時の教判を図示し、権実教判を弟子たちに教え示す、非常な重要な教材だったと言って良いでしょう。またこの『一代五時鶏図』において真言を方等部に配したり、伝教を真言師に配したりする等、日蓮が独自で天台の教判を乗り越えようとした形跡が見られ、日蓮の思想の変遷や思索の跡を知ることができる貴重な史料と言えます。それなのに創価学会は教団として、この『一代五時鶏図』を信徒に学ばせることがほとんどありません。しかも全7編の真蹟『一代五時鶏図』全てを御書全集に収録さえしていないのです。
4、『立正安国論』(広本)
『立正安国論』は文応元年(1260年)に書かれ、北条時頼に上呈されたものですが、実は日蓮は後年、これを建治から弘安頃にかけて引用経典を増補するのみならず、浄土宗批判だけでなく、特に真言宗批判を強く打ち出した『広本』を書きます。これは「建治の広本」として知られ、多くの遺文集で文応元年の『立正安国論』とは別にこの『広本』を併せて収録しています。そのため、ほとんどの創価学会信徒は『立正安国論』に文応元年の『略本』と建治の『広本』が存在することさえ知りません。
『略本』ではまだ日蓮が法華真言をともに並列して正法視する立場に立っているので、後年に日蓮が明確に真言批判の立場に移ったことを学ぶためにも、この『立正安国論』広本は収録されるべきと思います。なお『広本』日蓮真蹟は京都本圀寺に現存します。以下の写真はその京都本圀寺現存のものです。

……まだまだ日蓮真蹟で、創価学会信徒が知らない御書はたくさんあります。まずは残された真蹟をきちんと学び、何を日蓮は書いて残したのか、明確にすべきであると私は思います。真蹟の残らない、古写本も存在せず記録にも残らないのに、室町時代や戦国時代以降に突如現れた後年の偽作としか思えない文献を「日蓮の著作」として読むこと自体がそもそも大きな間違いなのです。
参考文献
山上弘道『日蓮遺文解題集成』興風談所、令和5年