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創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

『御義口伝』における『科註』の『補註』への改竄。

 
いつもみなさん、ありがとうございます。
 
 
 
さて『御義口伝』の偽書説を書いた記事として以下の記事があります。
 
大石寺写本『御義口伝』の改竄」
 
この中で書いたことですが、『御義口伝』には、日蓮滅後13年後の1295年(元貞改元元年)に刊行された徐行善の『科註妙法蓮華経』からの引用が存在します。
『御義口伝』の末尾に書かれた元号は「弘安元年正月一日」、つまり1278年です。また日蓮が亡くなったのは弘安5年(1282年)です。
日蓮が自身の死後に刊行された書物をどうやったら講義で引用することができるのでしょうか?
ここから考えても『御義口伝』は後世の偽作と言ってよいのですが、問題は大石寺版・創価学会版御書全集でこのことを誤魔化して改竄していることです。
 
問題の箇所は『御義口伝』中、上巻の「宝塔品廿箇の大事」の「第十」に出てきます。
浅井要麟編『昭和新修日蓮聖人遺文全集』(平楽寺書店、1934年)で当該部分を見ると、明確に「科註の四に云く」と書かれています(同2460ページ)。

 
そして徐行善の『科註妙法蓮華経』を見てみると、正しく『御義口伝』で引用された部分が掲載されています。画像を挙げるのでよく見比べてみてください。
 

 
ここからも明らかに日蓮死後13年後に刊行された徐行善の『科註妙法蓮華経』が『御義口伝』で引用されていることは明らかかと思います。
 
同じ部分を創価学会旧版御書全集で見てみましょう。明らかに『科註』が『補註』(宋の従義の『法華三大部補註』のこと)と改竄されているのです。

 
池田大作『御義口伝講義』では堀日亨の見解が示され、大石寺の元亀写本に「補註」と書かれているとされています。もしもそれが事実なら天文8年の日経写本以降に大石寺、または富士門流で当該箇所の改竄が当時既に行われていたことになります。
上の画像を見た方ならお分かりのように、『御義口伝』上巻の「宝塔品廿箇の大事」の「第十」では従義の『法華三大部補註』ではなく、正しく徐行善の『科註妙法蓮華経』の文が引用されているのです。
そして池田大作氏も『講義』中でこのことは誤魔化すことができなかったのか「宋の従義の補註四は文句一の下から二の下までを註記したものである。しかして宝塔品は補註の九になっており、その文も御義口伝の引用の文とは大分違う。科註四には、正しく御義口伝に引用の文と同じ文がある。」(池田大作『御義口伝講義』上、24ページ、創価学会、1965年)と、その事実を認めてしまっているのです。

ここから考えても『御義口伝』が日蓮滅後に作られた後世の偽書であることは揺るがない事実であると思います。