いつもみなさん、ありがとうございます。
私自身の知見不足かもしれませんが、私自身は「日有によって偽作された日蓮遺文は存在しない」または「日有によって偽作された遺文はその存在を確認できないため、一部を除いてほとんど存在しない」と考えています。今回はそのことを少し書いてみたいと思います。
まず理由の1点目なのですが、大石寺9世日有自身が書写した偽撰遺文の写本の存在が確認できないことです。
大石寺9世日有は、大石寺中興の祖として知られ、富士門流の化儀を最初に体系化した人物として知られます。それらの基本教義は日有の弟子が筆録した『有師化儀抄』『御物語聴聞抄』『連陽房雑々聞書』『下野阿闍梨聞書』等から推し量ることができます。それは堀日亨編『富士宗学要集』第1巻相伝部に収められ、大石寺の化儀・教義として重要な著作であることがわかります。
例えば偽作として知られる『二箇相承』(『身延相承書』及び『池上相承書』)の写本でも大石寺に伝わる写本は14世日主のもので、しかも非公開です。
大石寺の歴代で日蓮遺文の写本を多く残しているのは開山の日興であり、興風談所の『日興上人全集』では『開目抄要文』や二つの『立正安国論』写本等、全部で62編の日興写本が報告されています。また3祖日目は『一代聖教大意』の写本を遺しています。
それに対して9世日有が、日蓮遺文を書写して遺した記録を私は見たことがありません。日有による遺文写本の実在は歴史的資料や大石寺の宝物記録等からは確認することができないのです。例えば偽書の可能性が高い『本因妙抄』には大石寺5世日時の写本が存在します。だからこそ5世日時周辺で同抄が偽作された可能性を考えることも可能になるでしょう。しかし9世日有による写本自体はそもそも存在しないのです。
どちらかといえば富士門流の日蓮遺文は日興経由の写本で大石寺等に伝えられたもので、日有の役割は遺文の書写というより、教義の解釈と大石寺独自教義の確立、その伝播にあったと言えるでしょう。そしてその証拠として日有による日蓮遺文の写本の存在が公開された資料からは確認できないという事実が存在するのです。
具体的に見てみましょう。
①最蓮房宛遺文
『立正観抄』『立正観抄送状』『生死一大事血脈抄』『最蓮房御返事』『得受職人功徳法門抄』『諸法実相抄』等
②日向『金綱集』定本遺文
③中古天台・凡夫本仏系遺文
『三世諸仏総勘文教相廃立』『十如是事』『万法一如抄』『読誦法華用心抄』『授職灌頂口伝抄』『一念三千法門』『総在一念抄』等
④円明院日澄『法華啓運抄』系遺文
『御義口伝』『御講聞書』『船守弥三郎許御書』『日朗御譲状』『四条金吾殿御返事』等
⑤富士門流系遺文
『二箇相承』『百六箇抄』『本因妙抄』『御本尊七箇相承』『産湯相承事』『本尊三度相伝』等
⑥『法華本門宗要集』系遺文
『教行証御書』『波木井殿御書』
例えば上記のどの遺文にも日有本人の写本は存在しません。
私が唯一確認し得るのは⑤富士門流系遺文の『御本尊七箇相承』でして、日有の語ることを筆録した『有師談諸聞書』に「本尊七箇・十四箇の大事の口決之レ有り」(『富士宗学要集』2-160ページ)と記録されています。ここから『御本尊七箇相承』の日有による偽作説を主張することもできるかもしれません。

しかしながらこの一文だけで、同抄の日有偽作説を断じるのも早計と思います。またこの一事をもってして①〜⑥のほぼ全てが日有によって偽作されたというのはやや牽強付会のような気がします。
また⑤以外の偽撰遺文は、日有がそもそも偽作すること自体、不自然かと思います。日有が晩年に円明院日澄の『法華啓運抄』から④の『御義口伝』を偽作するのはあり得ないでしょうし、『日朗御譲状』を偽作することなどもっとあり得ないことだと思います。また日有が②の日向『金綱集』から自山のために遺文を作るというのも非常に不自然なことです。
そもそも⑤富士門流系偽撰遺文群でさえ、例えば『二箇相承』の写本は本来北山本門寺に伝えられていたものです。『本因妙抄』は大石寺5世日時写本があり、『百六箇抄』は京都要法寺日辰の写本が残ります。それら全ての偽作説の根拠を日有一人に被せるのはいささか無理があるように感じられます。
したがいまして『有師談諸聞書』に見られるように、『御本尊七箇相承』等、一部の富士門流系遺文の偽作に大石寺9世日有が関係している可能性があるとは思います。が、写本の存在がそもそもほとんど存在しない以上、偽書のほぼ全てを日有が作ったとするのは、無理があるだろうというのが私の考えです。