気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

私はその語を使いません。






いつもみなさん、ありがとうございます。







私は「広宣流布」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


広宣流布鳩摩羅什の造語」


私は「折伏」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「摂受と折伏について」


私は「新聞啓蒙」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「新聞啓蒙という言葉」


私は「内部」「外部」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「内部・外部という言い方」


私は「福運」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「『福運』について」


私は「無作三身」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「『無作三身』のこと」


私は「日蓮大聖人」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「『大聖人』という呼称」


私は「師弟」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「仏法は師弟なのか」


私は「民衆仏法」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


日蓮は民衆仏法ではない」
日蓮は民衆仏法ではない。その2」
「土民のこと」


私は「宿命」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


「『宿命』は日蓮の思想ではない」


私は「四十余年・未顕真実」という語を使いません。
根拠は以下の通りです。


無量義経偽経である」


加えて私は便宜上「日蓮正宗」という語を使うことがありますが、そもそも「日蓮正宗」という語は使うべきではないと思います。
根拠は以下の通りです。


日蓮宗興門派としての大石寺



自分たちの用語を無前提に使って憚らない、それでいて何の根拠もないのに、それが正しいと信じ込み、そのことに自覚することができない創価学会員、そして大石寺系信徒が多過ぎると思います。
自身の使う正しさを勝手に無意識のうちに他者に強要するのは傲慢さかと思いますが、さらに罪深いのはそのことにさえ自覚できない人が多いことでしょう。