気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

「福運」について。




創価学会の人はよく福運という言葉を使います。日蓮正宗でも使うのでしょうか。
たとえば
「あの人は福運がある」
とか
「福運を積んでいこう」
とか
「愚痴を言うと福運を消すよ」
とか
「あの人は福運のない顔をしている」
等々、



創価学会員の日常会話には普通に「福運」という言葉が使われます。
私も創価の活動家の時代によく使っていました。その意味は幸福のバロメーターみたいなもので、その人の顔や表情に「福運」が滲み出るんだそうです。そして題目や折伏をすると「福運」がついて貯まっていくという感覚です。




ところが、日蓮の御書を開いていくら読んでも「福運」という語は出てきません。
日蓮の真蹟遺文中に「福運」という語は存在しないのです。御書のどこにも書いてありません。そういえば書いてあるのを見たことがないのです。




正直な話、「福運」という言葉が何に由来するものなのか、私もわかりません。果たして本当に仏教由来の言葉なのでしょうか。
少なくとも「福運」の語が日蓮由来の言葉でないことは間違いないでしょう。




そんな言葉を検証もせずに、日蓮仏法の用語であると信じ込んで使っている時点で、創価学会日蓮の教えを奉じる団体などと呼べないですよね。