いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は日蓮正宗で入信の儀式とされる「御授戒」についてです。
以前、創価学会は日蓮正宗の信徒団体の一つ、法華講連合会の一つに過ぎませんでしたから、入信の際にはお寺に行き、「御授戒」を受ける必要がありました。現在の創価学会は日蓮正宗とは別の宗教団体になりましたから、そのような儀式は行われていません。
結論から言いますと、日蓮在世の頃に「御授戒」の形式は存在しなかったと考えられます。
例えば『最蓮房御返事』には「結句は卯月八日・夜半・寅の時に受職灌頂せしめ奉る者なり」(旧御書全集1342ページ)とありますが、そもそも日蓮の真蹟による限り、日蓮には「受職灌頂」をした形跡がありません。「受職灌頂」について書かれた遺文は『最蓮房御返事』『授職灌頂口伝抄』『放光授職灌頂口伝』の三つでどれも真蹟不存で、偽書の可能性の高いものでしかありません。つまり確実な日蓮真蹟からの根拠が何一つ存在しないのです。
加えて日蓮は「天台宗が真言の灌頂を取り入れて法華経を傍とすること」を『清澄寺大衆中』(真蹟身延曽存)で明確に「天台宗の学者の灌頂をして真言宗を正とし法華経を傍とせし程に」(同893ページ)と述べて批判しているのです。真蹟中で「灌頂」を批判した日蓮が、「灌頂」の儀式を弟子に行うなど論理的にあり得ません。

例えば『撰時抄』(真蹟玉沢妙法華寺他現存)には「当時の真言師が釈迦仏等の一切の仏をかきあつめて灌頂する時敷まんだらとするがごとし、禅宗の法師等が云く此の宗は仏の頂をふむ大法なりというがごとし」(同278ページ)とありますし、『瑞相御書』(身延曽存)には「胎蔵界の八葉の九尊を画にかきて其の上にのぼりて諸仏の御面をふみて灌頂と申すことを行うなり、父母の面をふみ天子の頂をふむがごとくなる者・国中に充満して上下の師となれり、いかでか国ほろびざるべき」(同1142ページ)とまで書いてあります。しかも『破良観等御書』(身延曽存)では「一切の真言師が大日如来をたのみて教主釈尊は無明に迷える仏・我等が履とりにも及ばず結句は灌頂して釈迦仏の頭をふむ」(同1289ページ)と書かれています。



加えて日蓮正宗信徒さんは『教行証御書』に書かれる「金剛宝器戒」という語を引用して、そのような受戒があったことを主張したりもします。しかしまたこの『教行証御書』もまた真蹟不存であり、加えて同抄中では北条時宗が死後、弘安7年以降の法号である「法光寺殿」と呼称されています。弘安5年に亡くなった日蓮が弘安7年以降の法号で北条時宗を呼ぶことは論理的に不可能です。したがって『教行証御書』は偽書であることになります。
「金剛宝器戒と『教行証御書』について」https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2022/10/09/000000
日蓮正宗が公式に出す資料としては、大石寺26世日寛の『福原式治状』がありますが、これが正しいとするなら、大石寺における「御授戒」の儀式は日蓮在世の鎌倉時代には存在せず、江戸時代前後に確立した後世の化儀ということになるでしょう。
別段、私は創価学会の肩を持つわけでもありませんし、また「御授戒」の儀式が日蓮在世の頃に存在しなかったとしても別に構わないと思います。私がここであえて問題としているのは、日蓮在世の頃には存在しなかった筈の後世の教義を偽書を使って捏造し、「ない」ものを無理矢理「ある」と偽る、大石寺系教団のカルト的態度の方なのです。
追記
日蓮正宗が「御授戒」の証拠に示す遺文として、ここでは『最蓮房御返事』『授職灌頂口伝抄』『教行証御書』を挙げました。これ以外に彼らが挙げるものはなんと『百六箇抄』『御義口伝』『御講聞書』という偽書の可能性が高い口伝ばかりでしかありません。当然ながら全て真蹟不存です。
参考文献
山上弘道『日蓮真蹟解題集成』興風談所、令和5年