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「無量義経への疑念」
2、仏典中、他の経典に類例のない「菩提樹下端座六年」の記述が見られること。
3、初説四諦、中説十二因縁、次説方等という三時配当は、後世の教判者の説であり、矛盾すること。
4、内容が『法華経』の内容を再録したような印象があること。
6、法華経序品第一に説かれる「大乗経名無量義教菩薩法仏所護念」の訳語「無量義」の原語 Maha-nir-desa は「無量に分別されるもの」を意味していて、文脈に即せば、これは「無量義経を説いた」のではなく「教と理とは一実相の発露であり、無量である」ということを説いているということ。
以上の6点から、私は『無量義経』を偽撰と判断することが自然なことであると思います。
とりわけ6点目の無量義の訳語マハー・ニルデーシャの原語の意味については、岩波版の訳者である坂本幸男氏も萩原雲来氏と同意見に立たれており、この字義について注で以下のように説明しています。
参考文献:
横超慧日『無量義経について』印度学仏教学研究第4号、1954年。