気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

日蓮と釈迦の別仏説は昭和の創価学会の独自教義である。

 
 
いつもみなさん、ありがとうございます。
 
 
さてかつての創価学会末法の本仏を日蓮としており、釈迦本仏説とは明らかに別にしていたのです。今回はそんな本仏説について少し書いてみようと思います。
そもそも論ですが、実は大石寺の伝統的な教義では日蓮を「釈迦を超えた本仏」とはせず、「日蓮=釈迦」というような体同異名の本仏と定義していました。
 
 
「日寛の説く「日蓮=釈迦」の同仏説」https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2018/10/17/000000
 
 
大石寺26世日寛の『末法相応抄』等、『六巻抄』を細かく読めば、「当山古来の御相伝に云く本門の教主釈尊とは蓮祖聖人の御事なり」(富要3-162ページ)、また「本地自行の自受用身とは即本因妙の教主釈尊なり、本因妙の教主釈尊とは即是末法出現の蓮祖聖人の御事なり、是即行位全く同き故なり名異体同の御相伝本因妙の教主日之を思ひ合す可し之を思ひ合す可し」(同168ページ)とあり、日蓮と釈迦とは同体の本仏なのです。これは保田妙本寺14世日我の『化儀秘決』の末法の釈迦とは日蓮なり」(富要1-300ページ)と全く同じ考えなのです。
 
で、この「日蓮=釈迦」同体の本仏説は明治期、近代まで実は踏襲されているように思われます。大石寺56世大石日応(日應)の『弁惑観心抄』を読むと、確かに「上行の再誕日蓮」を外用とし、その内証を「久遠元初五百塵点劫」「本有無作三身」「本門の教主釈尊」としますが、あくまで「久遠下種の人法は名異体同なるが故に」とされ、日蓮と本門の教主釈尊は別人物とはされていないのです。
 
「この文の「本門の教主釈尊を本尊とすべし」とは、在世脱益の釈尊にあらずして、まさしく久遠元初自受用報身如来、無作本有の釈尊を本尊とすべしとなり。しかして、その自受用身の釈尊とは、宗祖御自身を指し給いたることは論を俟たずして知るべし。
いかんとなれば、上行の再誕日蓮とは外用の称にして、その内証は久遠元初五百塵点劫の昔より以来(このかた)、此土有縁深厚の本有無作の三身、本門の教主釈尊にして、すなわち自受用報身たる本仏にてましませばなり。」
(大石日應『弁惑観心抄』222ページ、明治27年初版、平成29年第6版、大日蓮出版)

 
ところがこのニュアンスが変わってくるのは、実は創価学会出現以降のことで、昭和の頃の創価学会は確かに釈迦を「末法に無縁の仏」とし、下種の本仏を「日蓮大聖人」としたのです。私も昔は創価学会信徒でしたから、よく会合で「釈迦も遥か昔には、日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経を唱えて修行したことによって仏になったんだ」という歴史の逆転説を座談会等で教わりました。かつての創価学会の『折伏教典』から引用してみましょう。
 
「釈迦は滅後二千年をすぎて、自分の仏法が仏力・法力を失ったときの民衆のために、そのときに出現する仏を法華経のなかで予言しているのである。したがって、今日から釈迦の二十八品の法華経をみるならば、それは末法に出現する仏の予言者であり、三大秘法の御本尊の功徳をたたえる経文になるのである。ゆえに朝晩の勤行には、文上の方便・寿量の二品を用いて文底の義を顕わすために読むのである。
また像法の仏・天台大師は、理の一念三千の法門を説いて、その理論的な証明をなしているのである。そして、末法法華経と比較したならば、三大秘法のほうがはるかにすぐれていることをみずから認めているのである。すなわち天台大師いわく「後の五百歳遠く妙道に沾わん」伝教大師いわく「正像稍(やや)過ぎ巳って末法太だ(はなはだ)近きに有り法華一乗の機今正しく是れ其の時なり」
さて末法の仏はだれであるかということについては、釈迦の最高の仏典であり、かつ末法の予言者である法華経に一度たちもどらなくてはならない。この法華経勧持品第十三の二十行の偈に、釈迦の仏法の利益が消え失せたとき、末法出現の仏の相貌が厳然と予言せられている。この予言書を根幹として、また他の経文にある予言を傍証として、日蓮大聖人の御書を拝するのに、末法の仏は日蓮大聖人以外には絶対に求められないのである。」
池田大作監修、創価学会教学部編『折伏教典』66〜67ページ、創価学会、昭和40年第8版)

 
これを読むと、どこにも「体同異名」などという教義は存在しません。釈迦在世の法華経、像法時代の仏は天台智顗が当てられており、それぞれは完全に別人格、別の時代の仏として定義されています。そして法華経に予言された末法の本仏こそが日蓮大聖人であるという創価学会の独自教説がここで展開されているのです。
この教説は日寛や日應にはないものです。つまり日蓮末法の本仏として、完全に釈迦とは別人格になり、切り離されてしまっているのです。
 
昭和の時代に入り、創価学会大石寺の信徒組織として教勢拡大を続け、その過程の中で少しずつ大石寺教学を侵食し、独自の在家的な教学を主張していくようになります。謗法払い神道と神本仏迹説の否定、日蓮と釈迦の別仏説……少しずつ在家主義的な教義を主張し、大石寺に影響力を持つようになっていったのが歴史的な事実であると思います。