いつもみなさん、ありがとうございます。
私が子どもの頃、私は既に創価学会2世(正確には3世信者)で、謗法行為をしてはならないと教わってきました。例えば「神社の鳥居をくぐってはいけない」「お守りをもらってはいけない」「おみくじを買うなどもってのほか」「他宗派のお経を読んではいけない」等々と言われ続けてきました。
この「謗法厳誡」(なんて組織内で言うこともありましたが)の精神は、私が活動家の頃まで徹底されてきましたが、平成3年頃のいわゆる「第2次宗創紛争」以降からなし崩し的に態度が軟化され、「お祭りに参加するのもOK」「クリスマス祝っても大丈夫」「他宗派の寺院に行くのも拝まないなら大丈夫」というように、良く言えば柔軟、悪く言えば何でもありのようになっていくのです。
しかしながら、これら昔の謗法厳誡の態度は、牧口常三郎や戸田城聖会長の頃から続く、原理主義的なものだったのです。以下に戸田城聖時代の神社の神輿を担ぐことを「罰」と決めつけていた『聖教新聞』の記事を紹介してみましょう。具体的には『聖教新聞』昭和26年6月10日付の2面右下の「御神輿事件」という記事になります。
「東京の下町平井新小岩に住む高岡さん(仮名)日蓮正宗は景気が良いから好きだとばかりに入信した。所でこの兄さん、御祭り騒ぎがメシより大好き、神社が謗法だとは承知だが祭輿が来るとじっとして居られない「拝まなきゃいいんだろ」と神輿をかつぎに出て行った。場所は平井の葛西神社で「ワッショイワッショイ……」もんでる所を用事で平井へ行った富田さんに見付かって「そんなものをかついでると大罰が当るぞ」ときつく言い渡された。祭も終って夕方酒を振舞われ三百円の祝儀を頂戴に及んで帰った夜中、猛烈に腹をやんで医者へ飛んで行った。これで支払った金が六百円、丁度祝儀の倍である。だが彼は罰とは思わず運が悪いんだろう位ですましてしまった。
次に九月に小岩神社で祭礼が来た。又々かつぎ渡くてしようのない彼は家人に嘘をついて家を飛び出した。首尾よくかつぎ終えて酒を馳走にあずかって、もらった祝儀が二百円、何くわぬ顔をして家へ帰ったが仏の御眼は御見通しである。又もや腹痛を起して医者の厄介になってしまい、支払った金が四百円、又又祝儀の倍額失って曰く「神社を拝まなきゃいゝんだろうと思っていたけれ共、これだけ罰がはっきりしてるんで驚きました。もう御神輿はこりごりです。こんどは本気で信心します」と……。」
(『聖教新聞』昭和26年6月10日付)


ここではあまりにあからさまに「御神輿をかつぐ」ことの「罰」が描かれています。昔の創価学会はこれに近いことが普通に指導されていたのです。ですから私も子どもの頃は御神輿を見るのも避けましたし、触るなどしたら罰が出ると本気で信じ込んでいました。この記事が本当だとするなら神輿を担ぐと創価学会信者はお腹を壊して病院に担ぎ込まれるという「罰」が出ることになります。
ところで、現在の創価学会信者さん、また創価学会信者さんである公明党議員さんたちは、今ではお祭りにも普通に御神輿を担いで参加します。創価学会はかつて「罰が出る」と指導していましたが、これらの記事や指導は「間違い」だったのでしょうか?
試しに「公明党」「神輿」等のワードを入れてネットで検索すると……各地の公明党の議員たちが神輿を担いでいたり、神社のお祭りに参加したり、神輿の保存会に参加したりする姿を数多く見ることができます。ここでそれらの画像を掲載することはあえて割愛しますが、ネットでは容易に見ることが可能です。彼らの多くは公明党議員であると同時に創価学会の信者である筈です。
過去の教団の指導に間違いや訂正があったのなら、「間違いでした」ときちんと認め、過去に言ってきたことを総括して訂正すべきかと思います。しかし彼ら創価学会や日蓮正宗等の大石寺系教団は、決まって自分たちが過去にやってきたことを誤魔化してなかったことにするのでしょう。そのような「過去を誤魔化す」態度こそが批判されるべきなのだと私は考えます。
追記1
追記2
昭和26年当時の聖教新聞の記事を提供くださった読者の方に改めて感謝申し上げます。ありがとうございます。