いつもみなさん、ありがとうございます。
同書からそれぞれの説明を紹介してみます。
「総帰命式」……十界ことごとく本仏の体・本仏の事を行なっている、十界皆成仏の姿。十界全てに「南無」を冠されている観心門の本尊。
「四聖帰命式」……不完全から完全を求める式で六道が成仏を目指す姿。四聖(声聞・縁覚・菩薩・仏)にのみ「南無」が冠されており、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)に「南無」が冠されていない教相門(修行門)の本尊。
(柳澤宏道『石山本尊の研究』より155ページ)
これらの教義について日蓮系各宗派の説明は一致しないようです。
ただ日蓮真蹟の曼荼羅本尊中、「四聖帰命式」で書かれたものは「佐渡始顕本尊」の一つとされる身延曽存のものとされます。同本尊は明治8年の火災で焼失しましたが、正確な模写が久遠寺21世日乾と33世日亨により残されています。
「佐渡始顕本尊について」
本尊中における「天照大神」「八幡大菩薩」も「総帰命式」では「南無天照八幡」と書かれます。そして天照大神と八幡大菩薩とを「南無」を冠して書く書き方は「佐渡始顕本尊」以外には「万年救護本尊」(保田妙本寺蔵)にしか存在しません。
「万年救護本尊について」
大石寺蔵の戒壇本尊の書法は「総帰命式」ではなく「四聖帰命式」で書かれており、天照大神と八幡大菩薩にも「南無」の字は冠されておらず、それぞれ独立して書かれています。ブログでは以前、これが書かれる位置について系年からの矛盾点を指摘したことがあります。
とすると、戒壇本尊は「総帰命式」の方法で書かれておらず、大石寺自体にそもそも「総帰命式」と「四聖帰命式」とを区別するような教義が存在しないことになるかと思います。確かに佐渡始顕本尊では阿修羅王等や四輪王にも「南無」が冠されるのに、戒壇本尊ではそれらにも「南無」は冠されていません。