気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

教団の教義より組織の公益性をアピールする宗教法人。

 
 
いつもみなさん、ありがとうございます。
 
 
 
さて聖教新聞の報道、また現場の活動家から聞くと、創価学会は座談会の充実に力を入れていまして、例えば手品やマジックの披露、手話を取り入れた合唱、未来部のコーナー等、さまざまな工夫が見られます。
日蓮正宗の信徒は、現在ほぼ9割近くが「元創価学会信者」「元顕正会信者」ですので、彼らも創価学会の真似事をすることも多いです。大石寺の鼓笛隊などその好例でしょう。
 
 
問題なのは教義の研鑽や宗教活動の充実よりも、むしろコミュニティとしての教団下部組織の充実を訴えている点です。
つまりもはや創価学会は、教学の研鑽よりも、かつての創価学会に存在した地域のセーフティーネット的な役割を強調して強めることがプライオリティになっていて、それ以外に教団の魅力を外に発信することが難しくなってしまったのかと思います。
 
 
「苦労人たちが助け合ってきた組織の消滅」
 
かつての創価学会の魅力とは、まさに地方から都市部に出てきた人たちの助け合い組織、相互扶助組織、セーフティーネットでした。戦後に長家社会から団地社会に移行する過程で、本来社会党系や共産党系が作る筈の労働者階層の組織を、彼らの代わりに構築したのは創価学会でした。そこに人情味で人を暖かく包み込むような池田大作氏の指導は非常に効果的で、求心力を持ち得たのです。
 
宗教法人は税制上の優遇措置を受けていますが、この理由は宗教法人が法人税法上で公益法人の分類に位置され、その「公益性」を持つ故と考えられているからなのです。
事実、文化庁の見解として宗教法人法には「宗教法人の公共性を維持しつつ」「法人の自主性を極力尊重する」という意義が込められています(文化庁月報、平成25年9月号、No.540)。

 
 
その意味で考えれば、現在の創価学会が機関紙等で優先的に主張したいのは、教団のセーフティーネット、地域のコミュニティ的な役割であり、そのような「公益性」が教団にあることを社会に対してアピールすることを優先的に考えているのでしょう。だからこそ創価学会信者はよく地域の自治会の役員、また学校のPTA役員にもなる例が見られます。またかつては教義上「謗法」として禁じられていた筈の地域のお祭りにも今や抵抗感なく参加するようになりました。
 
つまり創価学会は、教義的な束縛をどんどん外していった結果、教義的に研鑽できる日蓮宗学や仏教学といった側面を失ってしまい、もはや教団の魅力として、組織の公益性や公共サービス、セーフティーネットの側面から訴えることしかできなくなってしまったのです。
だからこそ座談会では小難しい教義の研鑽などよりも、未来部のお芝居や合唱コーナーが喜ばれますし、マジックや楽器演奏等で場を盛り上げることが奨励されているのでしょう。つまり教団の教義に外の人たちを惹きつける魅力を失ってしまったのが現在の創価学会ということになろうかと思います。
宗教法人法第2条には宗教法人の目的として「宗教の教義を広め」「儀式行事を行い」「信徒を教化育成する」とありますが、それらを創価学会はほぼ見失ってしまい、代わりに「地域組織の公益性」しかアピールするものを持たない組織になりつつあるのでしょう。