いつもみなさん、ありがとうございます。
さて、ブログ読者からの情報提供があり、こんな本を読む機会を得ました。
小川頼宣/小多仁伯編著『戸田城聖述水滸会記録を解読する』(人間の科学新社、2017年)というものです。
水滸会というのは、かつて戸田城聖が男子部の青年層を育成した組織だったと言われています。この中で『水滸伝』や『三国志』等を通じて、戸田城聖氏が青年たちを育成したと言われています。創価学会の公式な見解によるなら、水滸会は一度解散しますが、池田大作氏が昭和28年(1953年)7月に再結成を願い出て許可されたものだそうです。
まだ私もさらりと読んだだけであり、これから本腰を入れて詳しく読んでいこうと思っていた矢先、巻末に付された『水滸会記録』の中で、気になる一文を見つけました。
上の写真はその原本のものですが(前掲書419ページ)、戸田城聖氏がはっきりと「坊主や旧信徒が、なんの頼りになるか」と述べています。
少し説明が必要かもしれませんが、実は日蓮正宗の信者というのは、法華講連合会と言いまして、いくつかの「講」の連合体を形成して一宗派を形成しています。創価学会や顕正会(旧妙信講)も本来かつてはこの中の一つの講組織でしかなかったのです。
この中で、伝統的に旧来の大石寺教義を先祖代々受け継いでいる地元の信者さんが大石寺にはいます。その方々はいわゆる「根檀家」や「旧信徒」また「伝統講」などと外からは言われることがあります。例えば彼らは、大石寺古来の曼荼羅の奉安様式として曼荼羅本尊の前に日蓮御影を置いたり、地元の富士浅間神社に参拝したりするのです。
この辺の信徒間の教義の不統一の事態については、いろいろブログで過去に書いたことがあります。
「本尊の奉安様式の不統一」
「大石寺伝統講、旧檀信徒さんについて」
ところで、大石寺では現在の新参の「法華講」よりも旧信徒、伝統講の人たちを役員として重用するということが普通に行われています。事実、法華講連合会の第5代委員長であった永井藤蔵氏は旧信徒でした。また現在の第7代委員長の関野洋夫氏も旧信徒であるようです。
それらの「旧信徒」を戸田城聖氏は「頼りにならない」と軽視しているのです。事実『水滸会記録』の最後にも「坊さんは偉いと思って化儀に流れているのが旧信者」とまで書かれていまして、明らかに戸田城聖氏が旧信徒を批判しているのがわかります(同420ページ)。
つまり当時の戸田城聖氏は、大石寺の伝統的な教義を保持する伝統講や、それを擁護する僧侶の存在を疎ましく思っていて、大石寺を創価学会の教義よりに転轍させようと狸祭り事件等を起こして、少しずつ大石寺に創価学会の教義を認めさせていったというのが実態だろうと思います。
「狸祭り事件」
「小笠原慈聞氏の謝罪画像の新聞掲載」
「創価学会青年部から小笠原慈聞氏への示威行為」