気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

人間革命の文体のこと。






いつもみなさん、ありがとうございます。


さて小説『人間革命』ですが、かつての旧12巻は篠原善太郎氏による代筆とされているのは多くの方が指摘している点です。
もしもそうではなく、池田大作氏によって全てが書かれたというのならば、直筆原稿を全て公開すればいいだけの話なんだと思うんですよね。
しかしそれがされていない時点で、篠原善太郎氏の代筆による作品である可能性が高いと私には思われます。



ところで、旧12巻の人間革命ですが、文体が非常にヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』を意識しているように感じられます。
戸田城聖と会員、また山本伸一を描きながら、当時の時代情勢を事細かに描く手法はまさにユゴーなのでして、ユゴーエミール・ゾラ自然主義の源流と言われたのはよくわかる気がします。


全体に構成が巧みに書かれており、読み物とした素直に読める作品に仕上がっていると私は考えています。ただ史実と違うところが山ほど盛り込まれているので、これをもって池田大作氏の正史であるとするのは誤りでしょう。池田氏戸田城聖折伏されてはいませんし、そもそも彼は最後までご授戒を拒んで堀米日淳氏に呆れられたのはよく知られた話です。


「池田青年の入信の事実」


仮説ですが、篠原善太郎氏の代筆によるとすれば、彼は相当程度配慮して、ユゴー風の小説の叙述を『人間革命』で試みた。そしてそれは一定程度に成功し、池田名誉会長の虚像を作り上げることになったと私は考えています。しかしながら現在の『新人間革命』はそういった小説としての魅力もどこか旧『人間革命』に劣るように思えます。