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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

ブログの紹介を。

最終更新:2017年4月15日


当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。また毎回読みにきてくださる方も多く、本当に感謝しています。

当方、元バリバリの活動家だった非活の一創価学会員が、創価学会の現在や教義の問題等を勝手に気楽に語る、非常に趣味的なブログであります(笑)。
なお、このページは随時編集、リンクを追加していきます。


◯自己紹介、自身の立場の表明として

「自身の過去の告白と総括」




◯教義の問題について

日蓮本仏論について」
釈尊を本仏とする文証」
日蓮本仏説の萌芽」
「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」
「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」
 「『余は二十七年なり』って」
「他宗批判と諸教包摂ということ」
「無作三身のこと」
「五時八教について」
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
「『御本尊七箇相承』から考える」
「阿部日開氏の『二千二百二十余年』」
「万年救護本尊について」
『百六箇抄』の問題点①経巻相承
『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想
『百六箇抄』の問題点③史実との不整合
「諸天の勧請」
「日道『三師御伝土代』を読む」
「日興『三時弘経次第』を読む」
「転輪聖王のこと」


創価学会内部の問題について

「池田青年の入信の事実」
「池田名誉会長のピアノ」
「広宣部と言論企画部」
「『実名告白  創価学会』を読む」
「元本部職員3名の精神性」
「原田会長、財務と青年の育成について」
「財務の問題と昭和52年の問題」
「『人間革命』という用語」
「ここが変だよ。創価学会の選挙」
創価学会の選挙戦①公示前」
創価学会の選挙戦②KとFとZ」
「『アンチ創価学会』のこと」

◯史実の検討について。

富木常忍と文書の管理体制」
日蓮の出自は『旃陀羅』か」
「『是生房』か『是性房』か『是聖房』か」
「大乗非仏説と大乗仏教運動について」
「諸々の事象は過ぎ去る」
最澄空海の関係について」
「『摩訶止観』と『次第禅門』」


長井秀和さんとの対話シリーズ

「その1」
「その2」



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長井秀和さんとトークイベント参加者募集。




いつもみなさん、ありがとうございます。
気楽に語ろう☆信濃町会議
第3回目を開催いたします。
長井秀和さんと「気楽に語ろう☆創価学会非活のブログ☆」管理人とで行うフリートークのイベントです。
今回はかなりの長丁場!
16:00〜21:00までやります!
もちろん途中からの参加や、途中での退席も構いません。

Facebookのイベントページ


原則としてFacebookアカウントをお持ちの方はFacebookから参加希望をしてください。

日時:2017年5月14日(日)16:00〜21:00
場所:三宿(参加連絡をされた方に個別にお伝えします)
料金:2,000円(菓子類、ドリンク付)


また以下のメールアドレスにメールを送信くださっても大丈夫です。

kirakuhikatsu(@)gmail.com

※送信の前に@の前後のカッコを取ってから送信してください。

メールの文面には
1、参加希望の旨
2、氏名(HN、筆名、仮名等でも可)
3、参加希望の人数
4、その他、管理人に聞きたいこと等
をお書きくださいませ。

会場は個別にメールでお伝えしたいと思います。

原則としてはどんなことを話しても構いませんが、基本参加される方は


①相手の信仰の立場については最終的に否定しないこと
②自身の正当性を主張しても構わないが、相手の信仰の立場を最終的に認めること
③法論や対論、折伏をしないこと。


という原則にしたいと思います。
よろしくお願いします!


ブログにおける自己陶酔。




いつもありがとうございます。


さてネットでこのブログについて言及されることも増えてきました。
私はネット上の当ブログについての発言は、SNS上のものも含めて公開されているのはほぼ全て目を通しています。


その中で、とりわけありがたいなぁと思ったのは、このブログについて「比較的読みやすい」とコメントを下さった方々の存在です。
本当にありがとうございます。励みになりますし、うれしいです。


というのは、私は自分で書いていてけっこう小難しいことを書いていることも多く、内容的には自己満足の域を出ないと思っているからです。
もちろん自分の信仰に素直に率直に書いていきたいと考えていますが、自身の問題意識ゆえに言葉が追いついていないことも多いのです。


ただ創価学会日蓮正宗について批判的なブログはたくさんあるのですが、どうにも"読みにくい"ブログがあることは否定できないと思っています。
自分のこのブログもそうですけど…………書き手の責任ばかりに帰することもできないとは思いますが…………何かあまりに自己陶酔的に書かれているブログもいささか散見されるのです。


宗教というのは個人の信仰の問題であり、内面性に依拠したものです。ですから自身の信仰について見解を述べる時、どうしても独白的、自己陶酔的、またモノローグ的になりがちです。
私にもそういう欠点があるやもしれませんが、なるべく伝わるように努力して書いていきたいと思っています。


しかしながら、本当に申し訳ないのですが、創価学会批判、また日蓮正宗批判のブログを執筆する際に、どうしても自身の姿勢を客観視できず、自己陶酔的になり、読者としてなかなか相手の内面に入り込めない、そういう独白的なブログや掲示板が存在することも事実です。そしてそのようなブログや掲示板等は決して少なくないのではないかと考えています。

自分自身としては、そういった自己満足的な記述にならないように、気をつけていきたいなぁとは考えていますが、果たしてそれができているのか、いささか心もとないというのが実感ではあります。


牧口常三郎の戦争観。




いつもみなさん、ありがとうございます。



牧口常三郎初代会長の発言を引用しましょう。


「東亜共栄圏乃至世界列国にこれからの新秩序の中核として吾等が実証によってここに提供せんとする最高価値の大善生活法は、人生の理想として何人も渇望するものであり、仏教の極意たる成仏法こそ之に応じた妙法であり、又『惟神の道』の真髄も之でなければなるまい。所謂皇道精神もこれ以外にあるべきはない。」
牧口常三郎「大善生活法の提唱」『牧口常三郎全集』第10巻所収、9ページ、第三文明社


この文章は『価値創造』第2号(1941年8月20日)に掲載されたものです。ここからもわかるように発言として「大東亜共栄圏」を認めた上でその「新秩序」として「大善生活法」をあげています。
牧口氏の本意がどこにあるかはさておき、少なくとも活字で残されたものに「大東亜共栄圏」を認める発言が存在する以上、そのことを総括しなければ、創価学会の戦争反対とか平和主義といっても偽善と見られてしまうでしょう。


周知の通り、日本は十五年戦争を始めるにあたり、その目的を「大東亜共栄圏の確立」としたわけです。いわゆる日本による植民地政策の正当化こそが汎アジア主義であり、大東亜共栄圏という思想でした。それを初代会長が認めているということは、牧口自身が戦争に反対したとは到底評価されないと思われます。


しかし次のような発言もあります。これは牧口会長に対する訊問調書からの引用です。


「斯様な事実は過去の歴史に依つても、夫れに近い国難が到来して居ります。現在の日支事変や大東亜戦争にしても其の原因は謗法国である処から起きて居ると思ひます。」
(「創価教育学会々長牧口常三郎に対する訊問調書抜萃」同201〜202ページ)


大東亜共栄圏」については認めていても、その戦争が起こったのは「謗法国」であるゆえということです。
ここから類推するに「大東亜共栄圏」構想は認めていても、戦争については「謗法」を攻めて広宣流布を達成することで初めて戦争という事態を回避できると牧口氏が考えていたことも推察できます。


次に獄中書簡から引用してみましょう。
牧口常三郎氏の三男である洋三が戦死したことを牧口が知り、そのことを書簡で触れている部分です。


「十月五日付、洋三戦死ノ御文、十一日ニ拝見。ビックリシタヨ。ガッカリモシタヨ。(中略)信仰上ノ障リガアツタロウ。後デワカロウ。病死ニアラズ。君国ノタメノ戦死ダケ、名誉トアキラメ唯ダ冥福ヲ祈ル信仰ガ、一バン大切デスヨ。」
(同300ページ)


戦死に対して「名誉」としています。ここからわかることは「国のために戦死したこと」は「名誉」であると牧口氏が考えていたことであり、決して戦争そのものに反対していたとはここからは明確には言えないということです。
彼が戦争そのものを悪と考えていたと仮定するならば、洋三の戦死を「お国のため」とは到底言えるはずがありません。



ここからわかることは、次の3点かと思います。

1、牧口会長は「大東亜共栄圏」の構想について認める発言をしている。

2、息子の戦死は「君国のため」の「名誉」と考えている。

3、大東亜共栄圏のための戦争は「謗法国」のためであると考えている。


私は牧口会長を悪し様に罵ろうとしているわけではなく、実像を正確に知りたいと考えているだけです。
牧口氏による創価教育学会の活動は日蓮正宗の布教活動であったと思います。
氏は布教活動、そして"広宣流布"によって謗法国を退治し、平和社会を作ろうと考えていたことは言えるかもしれません。しかしそれによって明確に先の十五年戦争そのものに反対したとは言い難いと私は考えています。


過去を総括し、誤りがあるなら誤りとして率直に認めることでしか未来は語れないと私は思います。

「師弟」絶対主義の淵源。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて最近Twitterアカウントも開設させていただきました。このTwitterアカウントからいろいろと議論をすることも増えてきました。


Twitterアカウント

@mwP0s8t4fiA7LWQ

ご自由にフォローくださいませ。



さてこのTwitterの議論の中で、改めて理解したのは創価学会の「師弟絶対主義」ともいうべき考え方です。この考え方は創価学会のみならず、アンチ創価学会、また信濃町本部を批判する内部の方に広く散見される考え方かと思います。
つまり池田名誉会長は絶対的に正しく、絶対的に無謬であり、すべての間違いは「池田名誉会長の心を忘れた」ことにあるとして学会中枢を批判する論理です。


で、こういった考え方の淵源は、昭和52年路線が一つのきっかけだったとは言えますが、これと同質の思想は実は日蓮正宗の教義の中にすでに内在しているものだと私は考えています。




そもそも日蓮正宗は「法主絶対論」を唱えます。法主は法水写瓶、内証を受けているので絶対的な存在であり、無謬であるとする考え方です。
で、これを「師匠」に言い換えたのが創価学会の師匠絶対主義なのでしょう。しかも原田会長など「創価三代師弟の血脈」とまで言うわけですからね。


ところで、大石寺26世日寛の『三宝抄』には次のような記述がみられます。


「然ルニ即吾レ日興上人嫡々冩瓶御弟子ナル事分明也。故ニ仰末法下種ノ僧宝也。爾来日目日道代々咸タ是レ僧宝也、及門流ノ大衆も亦爾也」

「仏法アリト云ヘ僧アテ習伝ズンハ正法像法二千年過ギテ末法にも伝ルヘカラス云々、又余ガ如キ無智無戒モ僧宝ノ一分也」
(堅樹院日寛『三宝抄』)


つまり日寛によれば「自分のような無智無戒の者も僧宝の一分である」ということですし、代々の法主だけでなく「門流の大衆もまた然り」として、信徒にも僧宝の一分が備わるということになります。
つまり日寛の教義によれば、代々の大石寺法主に血脈が通うとすると同時に、信仰心を持つ者であれば信心の血脈は「信徒」にも流れ通うというロジックも展開しているのです。


現今の創価学会は教義的にまだ日寛教学を脱してはおらず、それらを認める立場にあります。
ですから、日寛の教義を「信心の血脈」と捉えて展開することは、本来の日蓮正宗の中に内在していた教義を下敷きにして創価学会が自分たちを「民衆仏法」とか「創価学会仏」とか自称しているだけなのです。


で、それを純粋に「創価三代の師弟の血脈」とか「池田名誉会長への絶対の信」を主張することは、教義的には日蓮正宗の中の教義を単に拡大解釈しただけで、やってることは同じということになります。



「舎衛の三億」について。




いつもみなさん、ありがとうございます。

昔、言っていたことを都合が悪くなると、いつの間にか使わなくなるのは創価学会大石寺の得意技ですけど(笑)、その代表的な語の一つに「舎衛の三億」があります。


これは何かっていうと、要するに昔「舎衛城」というところに9億(現在での90万のことです)の人が住んでいてそのうち3分の1の人は目で釈迦の姿を見て、3分の1は耳で聞いたことはあっても見たことがなくて、3分の1は見ることも聞くこともなかったという逸話です。
かつての創価学会はこの「舎衛の三億」を広宣流布の原理と考えていまして、その国の3分の1が入信したらそれは一国に正法が流布されたと考えていたのです。
余談ですけど、創価学会が正本堂を建立する際、「御本尊下付の世帯数が日本の総人口の約3分の1だからこそ建立されるんだ」というようなこともかつて学会は主張していたように記憶しています。



ところでこの「舎衛の三億」は仏典のどこに出てくるのかと言うと、実は龍樹(ナーガールジュナ)の『大智度論』に出てくるんですよ。


インドのコーサラ国の首都はシュラーヴァスティー(舎衛城)だったんですけど、『大智度論』によれば釈迦はシュラーヴァスティーに25年間ほど住んで多くの人を教化して導いたと言われています。



舎衛城には釈迦が長く滞在していましたから、多くの人が釈迦の教えに触れ、教化されてきたとは言えます。またこのシュラーヴァスティーで釈迦の教えが広く伝播していたこともわかります。
でもこれを直ちに「広宣流布」のモデルとしていたということについては、検証の余地がありませんか?


そもそも『大智度論』は龍樹の著作ですし、これをもってして日蓮が「舎衛の三億」を広宣流布の理想と考えていたとするのもいささか早計なのではないかなぁと思います。


確かに日蓮は『教機時国抄』で「舎衛国」について言及していますけど(御書440ページ)、「三億」という用例はここには見られませんし、3分の1とかそういうことも言及していないと思います。また『教機時国抄』は真蹟が現存しないことも一つのネックになるでしょう。ただ行学朝師の写本が残されていまして、録内にも収められてはいますので、初期の日蓮思想を知るという意味では比較的信用性の高い文献と言えるかとは思います。









公明党に投票すること、しないこと。





いつもみなさん、ありがとうございます。


ところで、私は公明党の政策についてとか、現在の公明党の政権与党側の立場にあることについて、等々、あまりこのブログで書かないことにしています。


理由は至って簡単で、要するに政治ってよくわかんないんですよ(笑)。
私は自分が「わからないこと」については基本「語らない」主義です。


まあ公明党自民党の旧田中派とは言論問題の頃から良好な関係を築いてきました。
細川連立政権の頃に、旧竹下派は実質的に分裂しましたから、現在の公明党はある意味で自民党内の竹下派的な立ち位置にあるのかも知れませんね。竹下登直系の弟子たちなんてみんなもういないでしょうから、公明党自体が自民党内の一派閥になっているという(笑)。


冗談はさておき、私は個々の政策から公明党に投票することも、また公明党に投票しないということも個々人の自由であると考えています。
例えば個々の政策について、あまり公明党を評価できない方が今回は妥協的に公明党を投票するという行為も主権者としての行為としては自由ですし、正当なものだと思います。
つまり例えば「今回は公明党に入れるぞ、でも次はないぞ」という意志でも投票で示すことはできるということなんですね。
そういうことが選挙の本来の意義だと思うんです。



例えば公明党の主たる支持層である創価学会は、選挙区では自民党が立つ場合に「なんとなく自民党に」投票しています(笑)。
この「なんとなく」が明確に個々の政策によって「投票する」とか「投票しない」とかが分かれたら、これは自民党に対する国民からの一つの抑止になると思うんですね。


ですから投票行為というのは、国家の主権者である国民が、政策について、またその時の争点について「投票によって意志を示す」行為なんです。
ですから、私が公明党についてブログであまり書かないのはそういうことです。要するに公明党に対し政策的に同意できなければ投票しなければよいのです。これ以上の抑止はないと思っています。


創価学会のバリバリの活動家さんは都議選対策で票集めにお忙しいようですが、本来選挙の意義とは「票を集めて勝つこと」なのではなく「自身の投票によって主権者の意志を示す」ことなんだと思いますよ。


だから学会員さんでもしも現在の公明党の政策に同意できないところがあるのなら、ゴチャゴチャ不平を言っていないで、投票行為で主権者としての意志を示せばよいのです。選挙で公明党の得票数が減れば党自身が政策を見直さざるを得なくなりますって。
選挙ってのはそういうもんだと思っています。




追記:
参考までに。公明党の国政選挙での比例区得票数の推移を載せてみます。

2003衆議院 約873万
2004参議院 約862万
2005衆議院 約898万 (郵政解散)
2007参議院 約776万
2009衆議院 約805万 (政権交代)
2010参議院 約763万
2012衆議院 約711万 (与党復帰)
2014衆議院 約731万
2016参議院    約757万