気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

ブログの紹介を。

最終更新:2018年5月3日


当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。また毎回読みにきてくださる方も多く、本当に感謝しています。

当方、元バリバリの活動家だった非活の一創価学会員が、創価学会の現在や教義の問題等を勝手に気楽に語る、非常に趣味的なブログであります(笑)。
なお、このページは随時編集、リンクを追加していきます。


Twitterアカウント
@mwP0s8t4fiA7LWQ

管理者メールアドレス
kirakuhikatsu(@)gmail.com
ご意見、ご感想、応援メッセージ等ありましたら。
メールを送られる際は(  )を外して送信ください。



◯自己紹介、自身の立場の表明として

「自身の過去の告白と総括」
「現在、創価学会の活動に疑問を抱いている方へ」
「私のブログへの批判に対して」
◯教義の問題について

日蓮本仏説は後世の創作に過ぎない」
日蓮本仏論について」
釈尊を本仏とする文証」
日蓮本仏説の萌芽」
「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」
「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」
「日興の譲座本尊の相貌」
「興門流の各文書に見る戒壇本尊への疑義」
「『三師御伝土代』と戒壇本尊との矛盾」
「六壺の日興本尊も贋作か」
「自山の正統性を証明できず」
「御本尊の写真撮影について」
「『余は二十七年なり』って」
「一生成仏について」
「他宗批判と諸教包摂ということ」
「無作三身のこと」
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
「『御本尊七箇相承』から考える」
「阿部日開氏の『二千二百二十余年』」
「万年救護本尊について」
『百六箇抄』の問題点①経巻相承
『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想
『百六箇抄』の問題点③史実との不整合
「諸天の勧請」
「日道『三師御伝土代』を読む」
「日興『三時弘経次第』を読む」
富士山本門寺の久成釈迦仏」
「仏像を安置することは本尊の図の如し」
「転輪聖王のこと」
「龍樹の『空』と日蓮の『一念三千』」
日蓮真言批判の問題点」
 「法華真言の用例」
法華経一部読誦について」
「二処三会は存在しない」
「真蹟遺文に『血脈』の語はない」
「『しうし』か『したし』か」
http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/01/07/001135
「宿命は日蓮の思想ではない」
「日華・日仙の御本尊書写のこと」



創価学会内の問題について

「池田青年の入信の事実」
「池田名誉会長のピアノ」
「正木さんの師弟観」
創価学会内部の教義的な分裂について」
「仏法は師弟なのか」
「歴史的役割の終わり」
戸田城聖という人」
「広宣部と言論企画部」
「『実名告発・創価学会』を読む」
「元本部職員3名の精神性」
「元職員三人の今後の資金繰り」
「原田会長、財務と青年の育成について」
「財務の問題と昭和52年の問題」
「『人間革命』という用語」
「ここが変だよ。創価学会の選挙」
創価学会の選挙戦①公示前」
創価学会の選挙戦②KとFとZ」
「『アンチ創価学会』のこと」
「昭和54年の辞任問題」
「宗創問題について①平成2年7月〜12月」
「宗創問題について②平成2年7月以前のこと」
「宗創問題について③平成2年〜平成3年」
「『南元センター』について」


◯史実の検討について。

富木常忍と文書の管理体制」
日蓮の出自は『旃陀羅』か」
「『是生房』か『是性房』か『是聖房』か」
「大乗非仏説と大乗仏教運動について」
「諸々の事象は過ぎ去る」
最澄空海の関係について」
「五時八教について」
「法華三部の発想」
「日興は四老僧と敵対していない」
「登山会のこと」


長井秀和さんとの対話シリーズ

「その1」
「その2」




広告を非表示にする

久遠の釈迦の使い。






いつもみなさん、ありがとうございます。



さて日蓮本仏説が本来の日蓮の思想にも、また日興や日目にも存在しなかったということをいろいろ私は書いています。
ところで、一部の創価学会員さんや法華講さんから素直な質問があったのですが、こんなものでした。


「そもそも日蓮が本仏説ではないとすると、竜ノ口と佐渡以降の日蓮の法門はどういうことになってしまうのでしょう。」


つまり大石寺由来の教義で日蓮教説を学んできた方は、佐渡以降に日蓮は本地を顕現して本仏としての立場で振る舞ったのだと考えられているんですね。


このことはあまり創価学会員さんや大石寺信徒さんは意識されないことですが、佐渡以降に法門が変わったということは別に大石寺だけの教説でもなく、日蓮宗他の日蓮諸派でも広く共有されていることです。
ただそれが日蓮宗諸派にあっては「始成釈迦仏」から「久成釈迦仏」になったと考えられているんですね。


つまり釈迦は永遠の存在として法を説き続ける存在へと昇格しているのかと思います。
日蓮は寿量品の「遣使環告」の役割が自身にあると『観心本尊抄では捉えていますので、そのように永遠に釈迦が生き続け、その使いとして生きたいと捉えていたのかと思います。だからこそ『観心本尊抄送状』では「霊山浄土に詣でて三仏の顔貌を拝見したい」と願っているのでしょう。








広告を非表示にする

本地は上行菩薩。





いつもみなさん、ありがとうございます。


さて大石寺4世日道の『三師御伝土代』には以下のような記述があります。


日蓮聖人云、本地ハ寂光地涌大士上行菩薩六万恒河沙上首也、久遠実成釈尊之最初結縁令初発道心之第一の御弟子也。
本門教主ハ久遠実成無作三身、寿命無量阿僧祇劫常住不滅我本行菩薩道所成寿命今猶未尽複倍上数ノ本仏也。」
(日道『御伝土代』日蓮正宗歴代法主全書、第1巻271ページ)


ここで日道は日蓮の本地を「上行菩薩」「久遠実成釈尊の最初の結縁第一の弟子」であるとしています。
続く文では如来寿量品における久遠実成の釈迦が本仏であるとしています。


この記述は、大石寺の第2祖日興の『三時弘経次第』における記述と一致します。日興はここで日蓮の本地を「付属弟子上行菩薩」であるとし、本門寺の本仏を「久成釈迦仏」としています。


「富士山・本門寺の久成釈迦仏」


すなわち日蓮の「本地」を「上行菩薩」とし、久遠の釈迦の第一の弟子であるとする立場に関して、日興と日道の見解は一致しているということです。
さらに付言すれば日目の申状にも日道の申状にも、日興の『三時弘経次第』を添付して上奏する旨が記されています。


上記から考えても、日蓮本仏説は日興、日目、日道の中には見られません。
つまり日蓮本仏説は後世に形成された教説に過ぎず、本来の日蓮・日興の教説ではないということになります。




広告を非表示にする

潜在的な非活・未活予備軍。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて私がブログ記事を書くにあたりまして、様々に情報提供を頂いていることに改めて感謝申し上げます。ありがとうございます。



私に情報提供をしてくださる方、またご相談くださる方の中には大石寺、また信濃町にお勤めの方も一部いらっしゃいますが、同時に最近増えてきているのが現役の創価学会の活動家の方です。


創価学会の活動家だったら、気楽非活さんのブログなんて見ないんじゃないんですか?」なんて言われそうですが、最近よく質問や相談、情報提供のメールを頂きます。
なぜかといえば、創価学会の活動家の中に無言の「非活・未活予備軍」が潜在的にいらっしゃることが背景にあるためでしょう。


つまり活動家といっても決して一枚岩なのではなく、とりあえず片足突っ込んでしまって、有役職者になってしまったので抜けられなくなっている人も少なくないんですね。
また家族の絡みで仕方なく創価学会の活動に取り組んでいる方もいます。地区幹部くらいまでかと思いましたら意外に本部や圏単位の幹部でもそんな葛藤を感じている方が多くいらっしゃいます。


創価学会の内部の活動家には相当数の非活予備軍が含まれており、きっかけを得れば彼らは一気に活動からドロップアウトするかと思います。信濃町はこのへんについて意外に楽観視している印象を私などは受けています。


実際、2018年3月11日に行われた青年部総会の内容や画像、音声、動画情報等、様々な連絡を頂きましたが、ほぼ全て創価学会の活動家です。
池田名誉会長の健康状態について情報提供を頂いたのは、現役の活動家の方たち、そして信濃町にお勤めの多くの方たちです。


ですから情報を統制して組織を維持していくやり方では、信濃町はいずれ立ち行かなくなると私は思います。立ち行かないことがないにしても非活・未活者は増えていくでしょう。


信濃町少子高齢化の組織の延命策を考えているところは感じられますが、地域によってはもっと早く組織維持が不可能なところが出てくるかと思います。事実、ブロック長や白ゆり長などすでに75歳以上の後期高齢者を充てなければ人事が立ち行かなくなっている地域も出てきていますし。










地域組織の未来。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて創価学会の末端組織はどんな風になっているのか、そして今後少子高齢化により、それはどうなるのか、推測でいろいろ書いてみたいと思います。


現今、創価学会組織の最小単位は「ブロック」です。ブロックにはブロックの壮年部の長の「ブロック長」(B長さんとか言います)と婦人部の「白ゆり長」さんがいます(昔はブロック担当員、「B担さん」とか呼ばれました)。


ブロックが2〜3程度を束ねて「地区」が存在します。「地区」は創価学会の最前線であり、座談会や四者協議も基本地区が基礎になります。ただ青年部の減少により、男女青年部の幹部が立たない地区も増えてきています。
地区には壮年部の「地区部長」、そして婦人部の「地区婦人部長」(昔は地区担当員、地区担さんとか呼ばれました)がいます。男女青年部はニューリーダーやヤングリーダー(昔の班長)、副地区リーダー、地区リーダーなどがいます。


創価学会では、これらの地区が3〜5くらい集まって「支部」を形成しています(ちなみに男女青年部では支部は「部」と呼ばれます)。支部支部長と支部婦人部長がいます。男女青年部はそれぞれの部長がいますが、最近ではもう青年部の部長を立てられない組織が続出しています。とりわけ女子部はほとんどの部で部長が存在しないという異常事態が恒常的に現在も続いています。


支部が3〜5集まり「本部」になります。本部には男女壮婦の「本部長」がいます。最近男女青年部の減少は酷いものがあり、男女の本部長さえ立てられない組織も出てきています。


本部の上は各地域でいろんな形があるのですが、圏(ゾーン)、分県、総県、分区、総区などがあり、それぞれに役職が存在します。圏は本部が3〜5本部ほど集まって構成されています。



さてここからが本題です。
最近は未来部の会合(少年少女部、中等部、高等部のこと)を、別ではなく合同で行うことが多くなっています。その理由は単純で、もはや支部や本部単位で数人程度の未来部員しか集まらないからです。
統監で見ると、地域・方面差もありますが、地区の未来部はせいぜい4〜5人程度、多くても10人ほどです。しかもその中で未来部の会合参加者に限定してみると、1〜2人いれば良い方ではないでしょうか。何しろ未来部が全く出てこない地区も最近は続出しています。



さて1つの支部が3地区で2ブロックと仮定すると、役職者は壮年と婦人を合わせて以下のようになります。


支部長1名
支部婦人部長1名
地区部長3名
地区婦人部長3名
ブロック長6名
白ゆり長6名



30年後の創価学会を想像してみれば、現在の未来部員が組織の屋台骨にならざるを得ないでしょう。ところが1支部で20名の有役職者が必要です。地区で未来部の"活動家"が常に2名いたところで、ブロック人事さえ今後は成り立たなくなります。1地区で3ブロックを仮定すれば有役職者は26名必要になります。しかもこれは正の役職者のみの話で、副役職を入れれば当然人出はもっと必要になります。



2050年くらいには団塊ジュニア世代の方たちが全て後期高齢者になります。おそらくその頃には地区部長さえ立てられなくなり、組織の整理統合が進むかと思います。
聖教新聞の配達は広く広範囲になり、統合されて広くなった地域を今よりさらに数少ない活動家(現在の未来部員)が駆け回る状況になるでしょう。2050年には団塊の世代の方の多くがいらっしゃらないことが考えられます。



これが創価学会の未来です。
創価学会組織は少子高齢化とともに壊滅します。なんら外からの攻撃も必要とせず、自ら瓦解していきます。



追記:
予想ですが、以上のような事態を信濃町創価学会本部はすでに知悉していると思います。現在の教義改正や、現在の信濃町の方針は、いかに組織を延命させるかという視点で行われているのかと私は私見ながら推察しています。








広告を非表示にする

SNS対策。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回、創価学会の内部活動家の方から情報提供があり、少しずつわかってきたことですが、創価新報での志賀男子部長の記事を受けて男子部がSNS対策を始めているとのことです。


私が受けた情報は九州方面のことなので、これが方面や地域の独断で始まったものなのか、信濃町の指示なのかはわかりません。


SNS対策の男子部の手法ですが、基本的に「レッテル貼り」と「印象操作」を徹底して行うとのこと。


具体的に言いますと、例えばSNS創価学会の教義や教学上の問題提起をしているようなアカウントに対しては「活動から逃げた二乗の命が強い人」、また公明党の現行路線に批判的な発言をしているアカウントに対しては「共産党のスパイ」「公明党の現実路線がわからない愚か者」等を連呼するなどしてレッテル貼りに終始します。


いずれもSNSで対象者を挑発するのですが、論破することが目的ではなく、そのやり取りを見た学会員さんが「彼らの主張はどっちもどっちだなぁ」という印象を抱かせ、それ以上自分の手で調べることを防ぐことが目的なのだそうです。


SNSの発信者を野放しにすれば、組織批判や教義批判が組織内に広がります。それを防ぐために幹部が当該のアカウントを挑発し、泥仕合に持ち込みます。彼らの目的は議論を泥仕合にして論点をうやむやにできれば勝ちなのだそうです。つまり言い争うアカウントからは共感が伝わりにくいので拡散が限定的になるという算段のようです。私にはあまり意味がないかと思うんですけどね。


そういえば最近そういうアカウントが少しずつ出てきている印象を受けます。
それにしても広宣部が対論を避け、姑息なレッテル貼りに終始するだけなのなら、ずいぶん広宣部のレベルも低下したものかと思います。



追記:
どうもこのSNS対策、信濃町の指示ではなく、九州方面の独自の動きという側面が強そうです。というのもその理由は2018年7月の創価学会本部幹部会が九州開催であることが理由として大きいようです。




広告を非表示にする

日代八通譲状のこと。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて大石寺は『日興跡條條事』(真偽未決、偽書の疑い)をもってして、自山の正統性を主張しますが、それに対して西山本門寺は『日代八通譲状』(真偽未決、偽書の疑い)をもってして、日興から日代に相伝があったことを主張しています。


私からすれば、日蓮が本弟子6人を定めたように、日興もまた本六、新六を定めたと考えていますので、一人の弟子のみに付託したとは考えにくいでしょう。だいたい重須の北山は寂仙房日澄の後、三位日順が次の学頭になっています。
以前、ブログにも日興の後継者は大石寺は日目、北山は日代という風に両者に継がれたということを書きました。


「後継者は日目か日代か」



ただ大石寺系の教学圏内にいると、他山の相伝を知る機会も少なかろうと思いますので、西山本門寺が主張している日興から日代への八通の譲状をここではあえて紹介してみましょう。



「日代讓狀
雖定六人弟子日代者日興爲付嘱弟子可當宗法燈仍示之、
正和三年十月十三日                                 日興」


「日代置狀
日蓮聖人御法立次第日興存知之分弟子日代阿闍梨相伝之畢、仍為門徒存知置状如件、
正中二年十月十三日                                 日興」


「日代置狀
日興先年病床之時雖定六人弟子其後有日代己下弟子號六人外不可輕之、雖六人於違背者不限沙汰仍爲後證置狀件如、
正中二年十月十三日                                 日興」


「日代置狀
正中二年十一月十二日夜於日蓮聖人御影堂日興所給之御筆本尊以下廿鋪、御影像一鋪并日興影像一鋪、聖人御遷化記録以下重寳二箱被盗取畢、日興歸寂之後若弟子分中號相續人令出之輩者可爲門徒怨敵大謗法不孝之者也、於謗法罪者可蒙釋迦多寳十方三世諸佛日蓮聖人御罰、於盗人科者爲御沙汰可仰上裁若出來時者日代阿闍梨相續之可爲本門寺重寳、仍爲門徒存知置狀如件、
正中二年十一月十三日                             日興」



「日代置狀
聖人御門徒各別事者依法問邪正正本迹之諍也、日興之遺跡等法門異議之時者雖諍是非以世事之遺恨不可挾偏執就中於日代者在家出家共如日興可被思食候、門徒爲存知置狀如件、
嘉暦二年九月十八日                                 日興」


「與日代書
一熱海湯地事、
伊豆國走湯山東院尼妙圓任讓狀令知行畢、而弟子日代阿闍梨依爲付法讓渡所也、仍狀件如
元德三年十月十一日                                 日興」


「日代讓狀
日秀阿闍梨跡并御筆御本尊令補任日代阿闍梨所也、日興門徒等可存此旨也、若不用此狀者可爲大謗法之仁也、仍狀件如、
元德四年二月十五日                                 日興」


「日代置狀
定日興弟子事
本六人
日目
日華
日秀(付日代)
日禪(日善付日助)
日仙
日乗

新六人
日代
日澄
日道
日妙
日豪
日助

右所定如此日目日仙日代等本門寺佛法可爲大奉行也、但以日代阿闍梨爲日興補處大聖人御筆漫荼羅已下自筆御書等令相傳之可爲本門寺重寳也、本六人新六人共可被存此旨也、若號七十以後狀共此條條棄置之弟子等可爲大謗法之仁也、在家出家共爲守此狀仍置狀如件、
元德四年二月十五日                                 日興」

(以上『日代八通譲状』日蓮宗宗学全書第1巻、135〜139ページ)



大石寺は『日興跡條條事』の正本が大石寺に現存すると主張し、一方で西山本門寺は正本の臨写本が西山に現存するとして、互いに自山の正統性を主張して現在に至っています。
そしてどちらの文書も信憑性に乏しく、まして大石寺の『日興跡條條事』など後世に文字の一部を削りとった跡が四文字分あることがわかっています。