気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

ブログの紹介を。

最終更新:2017年9月19日


当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。また毎回読みにきてくださる方も多く、本当に感謝しています。

当方、元バリバリの活動家だった非活の一創価学会員が、創価学会の現在や教義の問題等を勝手に気楽に語る、非常に趣味的なブログであります(笑)。
なお、このページは随時編集、リンクを追加していきます。


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◯自己紹介、自身の立場の表明として

「自身の過去の告白と総括」
「現在、創価学会の活動に疑問を抱いている方へ」
「私のブログへの批判に対して」

◯教義の問題について

日蓮本仏説は後世の創作に過ぎない」
日蓮本仏論について」
釈尊を本仏とする文証」
日蓮本仏説の萌芽」
「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」
「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」
「興門流の各文書に見る戒壇本尊への疑義」
 「『余は二十七年なり』って」
「他宗批判と諸教包摂ということ」
「無作三身のこと」
「五時八教について」
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
「『御本尊七箇相承』から考える」
「阿部日開氏の『二千二百二十余年』」
「万年救護本尊について」
『百六箇抄』の問題点①経巻相承
『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想
『百六箇抄』の問題点③史実との不整合
「諸天の勧請」
「日道『三師御伝土代』を読む」
「日興『三時弘経次第』を読む」
「転輪聖王のこと」
「二処三会は存在しない」
「真蹟遺文に『血脈』の語はない」
「『しうし』か『したし』か」
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創価学会内の問題について

「池田青年の入信の事実」
「池田名誉会長のピアノ」
「正木さんの師弟観」
創価学会内部の教義的な分裂について」
「仏法は師弟なのか」
「歴史的役割の終わり」
戸田城聖という人」
「広宣部と言論企画部」
「『実名告発・創価学会』を読む」
「元本部職員3名の精神性」
「元職員三人の今後の資金繰り」
「原田会長、財務と青年の育成について」
「財務の問題と昭和52年の問題」
「『人間革命』という用語」
「ここが変だよ。創価学会の選挙」
創価学会の選挙戦①公示前」
創価学会の選挙戦②KとFとZ」
「『アンチ創価学会』のこと」
「昭和54年の辞任問題」
「宗創問題について①平成2年7月〜12月」
「宗創問題について②平成2年7月以前のこと」
「宗創問題について③平成2年〜平成3年」
「『南元センター』について」

◯史実の検討について。

富木常忍と文書の管理体制」
日蓮の出自は『旃陀羅』か」
「『是生房』か『是性房』か『是聖房』か」
「大乗非仏説と大乗仏教運動について」
「諸々の事象は過ぎ去る」
最澄空海の関係について」



長井秀和さんとの対話シリーズ

「その1」
「その2」



◯ブログ「仏教と批判的合理主義」Libraさんとのメールによる対話シリーズ。

Libraさんとの対話
Libraさんとの対話その2
Libraさんとの対話その3
Libraさんとの対話その4
Libraさんとの対話その5

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『百六箇抄』はどこに伝わったのか。





いつもみなさん、お読み頂き、ありがとうございます。最近ますますアクセスが増え、毎日毎日数千人の方にお読み頂き、本当に感謝します。



さて今回は血脈抄とも呼ばれる『百六箇抄』の写本の問題です。果たしてこれが大石寺に伝わっている血脈の証拠と言えるのかということを検証してみたいと思います。



『百六箇抄』は後世の加筆が多く、どこまでが本来の『百六箇抄』なのか判然としませんが、加筆部分の末尾の内容を全面的に信用するならば次のように相伝されてきたと考えられます。


弘安3年1月11日、日蓮から日興へ。
正和元年10月13日、日興から日尊へ。
康永元年10月13日、日尊から日大・日頼へ。



要法寺日辰の『祖師伝』には「日尊伝」の項で、日尊から日大と日頼に付嘱したとされていますから、これは『祖師伝』の記述とも一致します。
さらに大石寺日精の『富士門家中見聞』で『百六箇抄』の血脈相伝が日興から日目、日大、日順、日尊の4人に付嘱されたと書かれています。
『百六箇抄』の実際の真蹟については『二箇相承』とともに北山本門寺にあったとされています。古写本については要法寺日辰、妙本寺日我、大石寺日俊のものが現存します。





上記の点を総合すると、以下の推論が成り立つかと思います。




1、『百六箇抄』は真蹟が北山本門寺に存在したとされており、また古写本は京都要法寺保田妙本寺、富士大石寺の複数に伝わっている。

2、従って真蹟がかつて現存した場所を基準にするなら、日興の血脈は北山本門寺に伝わっていることになる。

3、仮に『百六箇抄』の末尾の加筆部分を真蹟と判断するならば、日興の血脈は日尊以降、京都要法寺に伝わっていることになる。

4、大石寺17世日精『家中抄』と要法寺日辰『祖師伝』の記述を信用するならば、『百六箇抄』の相伝血脈は北山本門寺、富士大石寺、京都要法寺等の複数の寺に伝わっていることになる。



ということで、『百六箇抄』の相伝血脈というものがいかに対外的に信用性が低いかということがよくわかるかと思います。
大石寺ではなくて、京都要法寺とか北山本門寺相伝血脈が考えた方がまだ自然かなと私などは思います。














利根と通力とにはよるべからず。

いつもみなさん、ありがとうございます。




さて日蓮の『唱法華題目抄』には「利根と通力とにはよるべからず」(御書16ページ)とされているにもかかわらず、どういうわけだか、創価学会員さんも大石寺法華講さんも顕正会さんもみーんな「現証」で語りたがります。


だから私には「本部幹部会の大晴天」とかを祈る、その感覚が理解できません。
そういう超常現象みたいなもので宗教の浅深を計ることは私にはどうでも良いことなのです。



そんなことを言ってしまえば、じゃあ原田会長さんがメキシコに行った後に地震が起こりましたから、じゃあこれは「仏罰」かと(笑)。
顕正会さんが「広宣流布をしないと北朝鮮からミサイルが飛んでくる」と言ってるのと、論理的にはさして変わらない(笑)。



いい加減、そういう感覚をやめにしませんか?
私は宗教の浅深を、単なる現証面から判断することを好みませんし、そんなことをしていればいずれ現証面から批判されることになります。



現証というのは、結果としてそうなっているだけのもので、それだけを根本にするなら、別段、文献的な検証など必要ないことになるでしょう。







日興は仏像本尊を認めている。





いつもありがとうございます。
さて今日の記事のポイントは、以前に「日蓮本仏論について」という記事ですでに指摘したことですが、実は日興の『原殿御返事』を見る限り、曼荼羅ではない仏像造立による本尊を認めているという点です。



日興の『原殿御返事』から引用してみましょう。なお『原殿御返事』は創価学会版の通常の御書にはなぜか収録されておらず、編年体のものにだけ収録されています。



「此れのみならず日蓮聖人御出世の本懐南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来の画像は一二人書き奉り候へども、未だ木像は誰も造り奉らず候に、入道殿御微力を以て形の如く造立し奉らんと思召し立ち候を、御用途も候はずに、大国阿闍梨の奪い取り奉り候仏の代りに、其れ程の仏を作らせ給へと教訓し進らせ給いて、固く其の旨を御存知候を、日興が申す様は、責めて故聖人安置の仏にて候はばさも候なん。それも其の仏は上行等の脇士も無く、始成の仏にて候いき。其の上其れは大国阿闍梨の取り奉り候いぬ。なにのほしさに第二転の始成無常の仏のほしく渡らせ給へ候べき。御力契い給わずんば、御子孫の御中に作らせ給う仁出来し給うまでは、聖人の文字にあそばして候を御安置候べし。」
(『編年体 日蓮大聖人御書』1732〜1733ページ)



簡単に概要を述べますと、

日朗が日蓮滅後に一体仏の像を安置したのを見て、波木井の原氏もまた釈迦像を造立しようとした。」

「日興はこれに対し、一体仏の造立は始成の釈迦仏ゆえに不可とし、四菩薩を伴った仏像の造立ができるまでは、日蓮御筆の紙幅の曼荼羅を以って仏像の代わりにしてもなんら問題はないとした。」



ということです。


つまりここでの日興の思想は仏像本尊を否定していないことがわかるかと思います。
むしろそれが始成の仏でなく四菩薩の脇士を伴う久成仏なのであれば、それは曼荼羅の代わりとできるということが、ここでの日興の趣旨であると思います。
『報恩抄』における「本門の教主釈尊」とはまさにこのことを述べているのであり、それゆえ日蓮系教団では紙幅の曼荼羅とともに仏像の造立形式も認めているという事実があります。
ですから『報恩抄』における「本門の教主釈尊」を「末法の御本仏・日蓮大聖人」とする立場はやや牽強付会に過ぎると私は考えています。





正本堂の意義の両者の共通理解。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて昨日書いた「顕正会について」の続きを書きたいと思います。今回は「正本堂の意義づけについて創価学会と妙信講が同意に至った、その共通理解について」です。浅井甚兵衛氏と浅井昭衛氏、そして和泉覚氏たち当時の創価学会首脳部が互いに何を認めて、何に同意したのかという点ですね。
すでに大石寺の正本堂は解体されて存在しませんから、まあどうでもよいことなんですが(笑)、いちおう教義的な同意事項について書いてみます。



先日書いたように、妙信講(顕正会の前身)は正本堂建立に対して昭和45年9月11日にいったん創価学会と和解して同意しています。

昨日の記事から引用してみますと

「正本堂は三大秘法抄、一期弘法抄にいうところの最終の戒壇であるとは、現時において断定はしない。」

ということです。


当時の私と私の父らの理解ではこういうことでした。


1、正本堂には「おしきみ」を置かない。「おしきみ」は広宣流布が達成された時に供えられる。
2、広宣流布の時になると、大石寺は「本門寺」に名前が変わる。
3、その際に正本堂は「戒壇堂」になる。
4、広宣流布がされた、その時の法主は第3祖日目の再誕である。


ということです。
なんともはや、信仰をされていない方から見れば不思議な教義ですけど(笑)、当時の私と私の両親はそのように考えていました。



実は昭和40年頃まで、当時の池田会長は大石寺への「正本堂」建立寄進とは別に「戒壇堂」を考えていました。つまり当時の池田氏の理解では「正本堂」は「戒壇」ではなかったのです。


ところが、その後、細井日達氏が『百六箇抄』の「三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり」(御書867ページ)ということから、「正本堂」が将来的に広宣流布された時に「本門の戒壇」になるという解釈をしたんです。


まあそういう理解を当時していたわけで、顕正会はその教義について昭和45年にとりあえず共通の見解に立っていたのだと言えます。







顕正会について。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は今まであまり書いてこなかった「顕正会」という宗教団体のことを書いてみようと思います。
創価学会大石寺もあまりお勧めできない宗教ですが、顕正会もまあすごいところです(笑)。


正式名称はいろいろ変転していますが、現在は「冨士大石寺顕正会」となっています。ただ大石寺の66世日達に破門されていますので、大石寺とは基本何の関係もない団体です。


彼らに特徴的なのはやたら終末論的な思想を吹聴することです(笑)。
例えば「広宣流布がされなければ日本は必ず滅ぶ」とか「北朝鮮からミサイルが飛んでくる」とか(まあ最近、本当に飛んで来ているので、浅井会長の予言が当たってるのかも・笑)、まあそんなことをためらいもなく言ってのけます。


で、彼らの宗教的な目的なんですが、
国立戒壇」の建立です。


顕正会は、真蹟不存の『三大秘法抄』を原理的に解釈しまして、国民全員が入信して国会の議決をもって「国立戒壇」を日本に建立することこそが「日本の国難」を救う唯一の方法だと主張しています。



もともと彼らは大石寺講中の一つで「妙信講」と呼ばれていました。この妙信講の初代講頭が浅井甚兵衛さんという人です。
彼らはもともと大石寺に「正本堂」を建立供養することに賛成し、実際に供養もしていました。例えば昭和40年5月25日に妙信講の講演・総幹部会で浅井氏は次のように発言しています。


「今回、総本山において御法主上人猊下の御思召より、正本堂が建立されることになりました。妙信講も宗門の一翼として、講中の全力を挙げ、真心を込めて猊下に御供養をさせて頂くことになりました。」


で、その後、彼らは正本堂の意義づけについて創価学会に対して異論を唱え、その後いったんお互いは同意します。昭和45年9月11日に創価学会との和解が成立した報告書を紹介してみます。


「御報告
お互い信者の間で話し合いの結果、誤解がとけ、相互に友好的な理解と合意に達したので、御報告申し上げます。
一、正本堂は三大秘法抄、一期弘法抄にいうところの最終の戒壇であるとは、現時において断定しない。
ここに猊下の御宸襟を悩まし奉ったことを深くお詫び申し上げるとともに、今後異体同心にして広宣流布達成をめざして邁進すること。お誓い申し上げます。
昭和四十五年九月十一日
浅井甚兵衛
浅井昭衛         」



というわけで、両者は一度教義的に同意しているので、別にいがみ合う理由は何もないんですけど(笑)、顕正会はどうしても自己主張されたいみたいで、未だに「国立戒壇」という教義を主張されています。
皆さんもご存知かと思うんですが「国立戒壇」とは本来、田中智学らの国柱会で主張されていた教義です。まあ顕正会はそれを引っ張ってきて、自教団のアイデンティティとされているのでしょう。











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