気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

ブログの紹介を。

最終更新:2019年1月13日


当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。また毎回読みにきてくださる方も多く、本当に感謝しています。

当方、元バリバリの活動家だった非活の一創価学会員が、創価学会の現在や教義の問題等を勝手に気楽に語る、非常に趣味的なブログであります(笑)。
なお、このページは随時編集、リンクを追加していきます。


Twitterアカウント
@mwP0s8t4fiA7LWQ

管理者メールアドレス
kirakuhikatsu(@)gmail.com
ご意見、ご感想、応援メッセージ等ありましたら。
メールを送られる際は(  )を外して送信ください。



◯自己紹介、自身の立場の表明として

「自身の過去の告白と総括」
「現在、創価学会の活動に疑問を抱いている方へ」
「私のブログへの批判に対して」
◯教義の問題について

日蓮本仏説は後世の創作に過ぎない」
日蓮本仏論について」
釈尊を本仏とする文証」
日蓮本仏説の萌芽」
「釈迦一仏にかぎりたてまつる」
釈尊を御本尊と定めさせ給いて」
「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」
「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」
「日興の譲座本尊の相貌」
「興門流の各文書に見る戒壇本尊への疑義」
「『三師御伝土代』と戒壇本尊との矛盾」
「日興書写曼荼羅戒壇本尊との相違」
「和泉公日法のこと」
戒壇本尊の重さ」
「日興は身延から何も持ち出していない」
「六壺の日興本尊も贋作か」
「自山の正統性を証明できず」
「御本尊の写真撮影について」
「『余は二十七年なり』って」
「宇宙生命はバラモン教の教え」
「一生成仏について」
「他宗批判と諸教包摂ということ」
大日如来を勧請する本尊」
「無作三身のこと」
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
「『御本尊七箇相承』から考える」
「阿部日開氏の『二千二百二十余年』」
「万年救護本尊について」
「『百六箇抄』の問題点①経巻相承」
「『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想」
「『百六箇抄』の問題点③史実との不整合」
「諸天の勧請」
「日道『三師御伝土代』を読む」
「日興『三時弘経次第』を読む」
富士山本門寺の久成釈迦仏」
「仏像を安置することは本尊の図の如し」
南部実長の仏像造立に対する日興の書状」
転輪聖王のこと」
「龍樹の『空』と日蓮の『一念三千』」
日蓮真言批判の問題点」
 「法華真言の用例」
法華経一部読誦について」
「二処三会は存在しない」
「真蹟遺文に『血脈』の語はない」
「『しうし』か『したし』か」
http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/01/07/001135
「宿命は日蓮の思想ではない」
「日華・日仙の御本尊書写のこと」
創価学会幹部の本尊理解」
波田地克利氏の『戒壇=大学』説」
「初期仏教のこと」
「四聖諦と十二支縁起と六処のこと」
「紫宸殿本尊とは」
戸田城聖の紫宸殿本尊に関する発言」
「二箇相承の不自然な読み下し」
「『種種御振舞御書』の改竄」
「本門の教主釈尊の脇士と為り」
「御本尊の手」
天照大神は東条の郷に住まう」
 「奉書写之の4文字」



創価学会内の問題について

「池田青年の入信の事実」
「池田名誉会長のピアノ」
「正木さんの師弟観」
池田氏とノリエガ氏との交友」
池田氏チャウシェスク氏との交友」
「池田名誉会長の理解できない発言」
創価学会内部の教義的な分裂について」
「仏法は師弟なのか」
「歴史的役割の終わり」
戸田城聖という人」
「広宣部と言論企画部」
「『実名告発・創価学会』を読む」
「元本部職員3名の精神性」
「元職員三人の今後の資金繰り」
「原田会長、財務と青年の育成について」
「財務の問題と昭和52年の問題」
「『人間革命』という用語」
「ここが変だよ。創価学会の選挙」
創価学会の選挙戦①公示前」
創価学会の選挙戦②KとFとZ」
「『アンチ創価学会』のこと」
創価学会の創立はいつか?」
「昭和54年の辞任問題」
「宗創問題について①平成2年7月〜12月」
「宗創問題について②平成2年7月以前のこと」
「宗創問題について③平成2年〜平成3年」
「小笠原慈聞氏の謝罪画像の新聞掲載」
創価学会青年部の小笠原慈聞氏への示威行為」
「大蔵商事のこと」
戸田城聖氏の帝国海軍への賛辞」
「興亜聖業とは」
「通牒のこと」
「『南元センター』について」
「もっとんさんのツイート」
「『人間革命』第11巻の改竄」
「教義のソフトランディング」
「『創価学会秘史』への宮田幸一氏の所感に対して読者の所感」
「塚本素山のこと」
「内部・外部という言い方」
「経営コンサルティング会社との契約」
「選挙の勝利至上主義の淵源」
「選挙支援と信仰活動を結びつける傾向」



◯史実の検討について。

富木常忍と文書の管理体制」
日蓮の出自は『旃陀羅』か」
「『是生房』か『是性房』か『是聖房』か」
「大乗非仏説と大乗仏教運動について」
「諸々の事象は過ぎ去る」
最澄空海の関係について」
「五時八教について」
「法華三部の発想」
「日興は四老僧と敵対していない」
「日興遺誡置文のこと」
「日興は身延から何も持ち出していない。」
「登山会のこと」
大石寺7世・日阿のこと」
「9世日有から日乗、日底、日鎮への相承」
大石寺13世・日院のこと」
「日精は大石寺の17世か、18世か」
大石寺を隠居した18世の日精」
「三大秘法口決は八品派から大石寺流入した」
「敬台院と日精のこと」
「興門派の持ち回り管長」
「日道は日興の葬儀に参列していない」
「日目から日郷への相伝について」
「日目の『法命を継ぐ』日郷」
「完器講のこと」
「慶応元年の大石寺の火災で」
「忘れ去られた皇室への本尊授与」




長井秀和さんとの対話シリーズ

「その1」
「その2」




無作三身と三種の神器。





いつもみなさん、ありがとうございます。




さて大石寺26世日寛の『観心本尊抄文段』には、以下のような部分があります。


「謂く須臾も本尊を受持すれば我等の当体全く是れ究竟果満の無作三身也、譬えば太子三種の神器を受持すれば先帝の跡を紹継し先帝統御の国々を受得し即帝王と顕るが如し、然れば即本尊も無作三身我れ等も亦無作三身親も仏子も仏親も帝王子も帝王豈親子一体に非ず耶」
(日寛『観心本尊抄文段』富士宗学要集4-250ページ)


ここで日寛は「本尊を須臾も受持すれば無作三身の当体を得る」ことを述べています。
気になったのは、それを説明する喩えとして日寛がなんと「三種の神器」を引き合いに出しているところです。


つまり太子が三種の神器を受持することで、先帝の後を承継して国を統御する帝王となる原理と、本尊を受持することで信仰者の当体が無作三身となることが同列に論じられているということになります。


そもそも三種の神器と無作三身にはなんら関連性はないわけで、あるとすれば「三」という数字くらいしかありません。
喩えとはいえ、大石寺の教義を説明するために、天皇家三種の神器の意義を比喩として同列に論じるというのは、私としては意外な印象を受けました。




知的アクセサリーの装飾から離れて。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて、昨年末の出会い以降、犀角独歩さんと多く話す機会に恵まれ、様々に刺激を受けました。本当に感謝します。
もともと犀角独歩さんのブログは以前から読ませて頂いていまして、勉強させて頂いていました。


「犀の角のように独り歩め」

「『息衝く木村文洋監督を囲む会に参加」


今年に入って、大石寺教義、また日蓮自身の神道からの影響について、大木道惠さんや犀角独歩さん他様々な方からご指摘を受け、自身の先入観を改めて自覚させられました。


そもそもブログ開設当初からの一つの課題として、私は日蓮よりも龍樹思想に接近していました。
というのは、日蓮を学んでいくうちに、日蓮の教義の限界を自覚するようになり、次第に日蓮そのものから心が離れてきていたからです。


私は別段ここで日蓮その人を軽視しているわけではなく、また日蓮の宗教的な情熱や動機までを否定しているわけではありません。
ただ私が日蓮を信じるに足るのかという点について、私自身、次第に疑問符がついてきただけのことです。


私が龍樹を知ったのは、学生時代のことで、主に90年代の後半、ちょうど流行思想として記号論や現代フランス哲学が“現代思想”として持て囃されていた時期でもあります。
その時期に例えばイスラーム思想の井筒俊彦氏やソシュール現資料研究の丸山圭三郎氏等の著作に触れ、彼らはそこで龍樹を引用して、その思想の記号論との親近性について述べたりしていました。


そんなところから龍樹に関心を持った私は、中村元氏の『龍樹』、また中村元氏の訳業に批判的な西嶋和夫氏訳・サンスクリット対照の『中論』改訂版、また細川巌『龍樹の仏教』(ちくま学芸文庫)などを読んでみたりしました。


今となって気付かされた私の最大の誤りは、哲学や思想畑の視点で切り取られた龍樹思想がそもそも龍樹の全体像であるかのように誤読をし、それを仏教全体の視点であるかのように、牽強付会に敷延しようとしていた、その姿勢であると思います。


そもそも犀角独歩さんも指摘されたように龍樹は思想家ではなく、宗教者です。
また『中論』ばかりを持ち上げ、龍樹を宗教者としてより、思想家や一人の哲学者として見ようとするなら、そもそも念仏を強調する『十住毘婆沙論』の存在が宙に浮く格好になろうかと思います。


実はこの辺についてブログで以前書いていた内容も、読者からも「やや難解」とされましたし、私自身「それらは日蓮とは関係がない哲学的な議論なのではないか」との疑念があり、中論の読解も途中でストップしていました。


そして今回、犀角独歩さんたちと知り合い、お話を聞くにつれ、今までなんとなく思ってきた疑念が晴れたように思います。


私は哲学的な議論を否定するわけでもありませんし、龍樹の思想に現代哲学の方面から評価すべき知見が全くないとも思いません。
ただそれらの親近性を指摘して、換言するだけなら、それは単なる代替の提示であって、真に龍樹を読んだことにも日蓮を読んだことにもならない筈です。



ではなぜそのような誤解が私に起こったのかと言えば、それは昭和35年以降の創価学会の「知的アクセサリー化」(溝口敦)にあると思っています。
創価学会昭和35年に月刊誌『潮』を創刊します。昭和37年1月には東洋学術研究所が設立され、4月には公明新聞が発刊されます。
溝口敦氏はこれらの文化活動と称した創価学会の一連の動きについて次のように述べています。


「『潮』は創価学会の『一般への窓』(央忠邦)の最たるもので、上条末夫はその機能を、『第一は文化人への“撫徇工作”であり、第二には一般人の“懐柔工作”である(上条『創価学会の“文化人工作”』『改革者』昭和45年3月号)と評している。執筆場所の提供や高額な謝礼によって、大学教授や文化人に関係をつけ、また心理的な負い目を負わせて彼らを自陣、もしくは中立に立たせ、さらに購読者に対しては、著名な文化人の執筆論文で釣り、創価学会アレルギーを解消するという戦術である。」
(溝口敦『池田大作「権力者」の構造』275ページ、講談社+α文庫、2005年)


溝口敦氏の見解に同意されなくとも、少なくとも創価学会は事実として東洋学術研究所や潮出版社を設立し、溝口敦氏が「知的アクセサリー化」と称した文化活動を創価学会本体が展開してきたことは否定できないでしょう。


私はそのような知的なアクセサリー化の過程の中で多感な青年時代を過ごしました。第三文明社のレグルス文庫には龍樹の著作や仏教関連の著作が多く含まれていましたし、池田大作氏や川田洋一氏、また原島嵩氏の著作では日蓮仏教を生命尊重主義から読み解くような論考が多く展開されていたように記憶しています。


つまり池田大作氏を筆頭に、創価学会は現代的意義だと称して、日蓮教学の大胆な敷衍をやってきた、そしてそれが本来の仏教であると誤解したまま進んできてしまったんですね。


それが一時停止するのは、大石寺からその在家主義的な行き方に疑義が呈された、いわゆる昭和52年路線であり、『仏教史観を語る』で提示された池田大作氏の仏教観の安易な換言でして、この姿勢に対して大石寺側は明確に否定してきたわけです。
ところが、この換言による安易な敷衍の姿勢はその後も変わらず、現代的な言葉で仏教を語ることが現代における創価学会の意義であり、正当なことだとする池田氏由来の風潮が醸成されてきてしまったのだと思います。


平成2年の「創価ルネサンス」という語がまさにそのリアリティを如実に語っていると思いますし、またそのような具体例は、例えば波田地克利氏の「池田大作転輪聖王」説や「戒壇建立=大学建設」説、正木正明氏の宗創相対・池創相対説など多く散見されます。
そもそも選挙の支援活動を信仰の活動と定義すること自体、単なるこじつけ以上の何物でもありません。しかしそのような教義上の換言と安易な敷衍の姿勢は、現在の創価学会ではもはや常態化していまして、そのことを自覚することさえ多くの方ができていないのでしょう。


私はそのような知的アクセサリーによって装飾された創価学会の世界で多感な青春時代を過ごしました。
そのような哲学的な代替物で、日蓮教学を補完することが日蓮教学の現代的な在り方であると勝手に勘違いして生きてきたことになります。
しかし当たり前のことですが、そもそも日蓮鎌倉時代の宗教者であり、それらは前提として鎌倉時代の文脈から読み解かれ、理解されなければならない筈です。


そんな訳で、私は自身の思想的営為、哲学的言説が、宗教者の日蓮や龍樹とはなんら関係がないのだということをきちんとここで認めたいと思います。
ただそのことは、私が哲学的思索をやめることを意味していませんし、むろん日蓮や龍樹を軽視することでもありません。
私はあくまで、自身に誤りがあったのなら、それは率直に認め、学問的に誠実でありたいと考えているだけです。
自身の追求の姿勢に一定の普遍性が得られないとすれば、それを自己批判して新たに考え直すことは誰にも許されていることだと思います。










御授戒のこと。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて今回は、大石寺の御授戒のことです。



というのは、Twitterでいろいろ話しているうちに、最近の多くの創価学会員さん(とりわけ団塊ジュニア世代より下、比較的若い方たち)は、かつての「日蓮正宗創価学会」時代のお寺での御授戒というものを知らない方が多いんですね。


最近の創価学会では入会が決まると、会館で「入会勤行会」を開いて幹部から御本尊を貰います。その後で地区の会員たちと自宅に本尊を安置する感じの流れになります。


ところが、かつての大石寺講中だった時代はきちんとお寺で御授戒を受けたものです。
この御授戒は、入信に至るまでの最後のステップのようなもので、荘重で厳粛な雰囲気の中で行われたことを覚えています。
古参の創価学会退会者の多くが大石寺に戻りたがる理由は、きっと戒壇本尊への目通りとか、この「御授戒」にみられるような独特の厳粛な雰囲気にあるのかなあとも思ったりします。


まず御授戒は殆どの場合、お寺で行われます。
入信を希望する人は紹介者と一緒に御宝前に座って、僧侶さんの導師の授戒文を受けます。


「今身より仏身に至るまで爾前迹門の邪法邪師の邪義を捨てて、法華本門の正法正師の正義を持ち奉るや否や」


この言葉の後、その場にいる信者と全員で「持(たも)ち奉るべし」と唱和してお題目を三唱します。


似たような授戒文は何度か続きます。


「今身より仏身に至るまで爾前迹門の謗法を捨てて、法華本門の本尊と戒壇と題目を持ち奉るや否や」


再び全員で「持(たも)ち奉るべし」と唱和してお題目を三唱します。


「今身より仏身に至るまで爾前迹門の不妄語戒を捨てて、法華本門の不妄語戒を持ち奉るや否や」


また全員で「持(たも)ち奉るべし」と唱和してお題目を三唱します。


で、題目三唱の間に入信希望者の頭に僧侶さんが御本尊を当てます。これが御授戒の儀式です。


それはそれは厳粛な雰囲気の中で行われたものです。


大石寺の教義を私はここで批判しますが、当時「日蓮正宗創価学会」だった頃、お寺には確かにお寺らしい厳粛な雰囲気を持った化儀があったことは事実でして、記憶にあります。


多くの創価学会退会者が大石寺に行くのは、このような荘重な雰囲気が忘れられず、「これこそが本来の信仰の場だ」とノスタルジックな勘違いをされてしまうからなのかもしれませんね。








自己啓発へのシフト。





いつもみなさん、ありがとうございます。



今回の投稿は読者とのメールのやり取りの内容を整理したものになります。



さて昔の創価学会は現世利益をバリバリに主張していました。
例えば「病気は絶対に治る」とか貧困や病気、家庭不和等はこの信仰をすることで治ると言ったりしていました。
それがだんだん「自己啓発」的な路線にシフトしてきている印象を私は持っていますが、読者の創価学会信徒の方もそれを感じていらっしゃるようです。


例えば以下のような小冊子が頒布されることなど、以前の創価学会なら考えられないと私などは思うんですね。


「青年部体験談特集を読んで」


読者の方のご指摘では信心で貧困や病気を克服するというニュアンスが最近は弱まり、最近ではそれぞれの悩みを世法で解決するために「精神面を支えるための信仰」という捉え方をする会員が増えているそうです。
むろんこれは読者の方の印象に過ぎませんから、実際は違うのかもしれません。しかし私もまた最近の会員さんの傾向として夙に感じることでもあります。


例えば昔の創価学会でしたら「医者が見放した癌がお題目を唱えて消えた」のような体験談がまことしやかに語られていたように思います。
ところが現在の創価学会ではそのような直接的な体験談はあまり語られず、どちらかといえば「抗ガン剤の痛みを信心で耐えた、乗り切った」のような感じに変化してきているようです。


特に青年部はこの「自己啓発」の要素がより顕著に出ていまして、新入会メンバーの多くの入信動機は「ダメな自分を変えたい」というようなもので、病気や経済苦の克服等ではなくなっているんですね。ですから体験談も貧困の克服という体験談はあまり語られず、むしろ仕事での成功ということが多く語られるようになりました。


この読者の方のメールの最後の言葉がとても印象的だったので、そのまま紹介してみます。


「本当の貧困に悩んでいる人に、自信をもって幸せになれると言える創価学会員は、もういなくなりました。」




SGI-USAの勤行要典から。

f:id:watabeshinjun:20190104170138j:plainf:id:watabeshinjun:20190104170114j:plain








いつもみなさん、ありがとうございます。



さて昨年末、部屋を整理していたところ、こんなものが出てきました。
これはSGI-USA(アメリ創価学会)の英語版『勤行要典』です(“The Liturgy of Nichiren Buddhism” SGI-USA, World Tribune Press, 2008)。
久しぶりに開けて読んでみた感想を簡単に書いてみたいと思います。ただこの勤行要典は2008年のものであり、現在のSGI-USAの実態とはやや異なる点もあるかもしれません。あくまで2000年代にアメリ創価学会日蓮仏教に関して勤行や唱題の意義をどのように理解していたのか、一つの参考に紹介してみます。


序文で、勤行や唱題の意義を説明しているのですが、この説明部を抜き出して引用してみます。


“ He taught that our existence is identical to the universe as a whole and the universe as a whole is identical to our existence. Each individual human life is a microcosm of the life of the universe. We recite the sutra and chant Nam-myoho-renge-kyo, the universal Law, so that our lives perfectly harmonize with the universe. ”
(“The Liturgy of Nichiren Buddhism” p.iii, SGI-USA, World Tribune Press, 2008)


あまり英語は得意な方ではないのですが、簡単に和訳してみます。


日蓮大聖人は、私たちの存在と全宇宙の存在とが同一であること、そして全宇宙の存在と私たちの存在とが同一であることを説きました。それぞれの個々の人間の生命は、宇宙生命の縮図であります。私たちが経典を朗読し、宇宙の法である南無妙法蓮華経を唱えるならば、私たちの生命は完全に宇宙と一致することになります。」


私は、日蓮の思想を「宇宙生命と個々の生命との合一」とする理解は、本来ウパニシャッドヴェーダ思想における、ブラフマンアートマンとの合一の議論であり、仏教独自の説とは言い難いと思っているのですが、少なくともここでアメリ創価学会の見解としては「宇宙生命論が日蓮の思想である」と憶断していることになろうかと思います。


更には題目を唱えることで、私たちの個々の生命が大宇宙とハーモナイズするという考え方に至っては尚更、日蓮と何の関係もないと思います。


「宇宙生命はバラモン教の教え」

「仏教は生命論ではない」

「生命論に固執する人たち」














初座の御観念文について。





いつもみなさん、ありがとうございます。


今回は勤行の初座の御観念文のことを思い出してみたいと思います。


さて勤行というと、創価学会は昔は大石寺講中の一つでしたから、五座三座の勤行をしていました。今ではSGI方式というのでしょうか、方便品と自我偈一度のみに簡略化されて簡単になりました。


私が子どもの頃にやっていた初座の勤行での御観念文は以下のようなものでした。


「生身妙覚自行の御利益・大梵天王・帝釈天王・大日天王・大月天王・大明星天王等惣じて法華守護の諸天善神・諸天昼夜常為法故而衛護之の御利益法味倍増の御為に」


私が子どもの頃は既に池田会長の時代です。
ところが、それより前、戸田城聖会長の頃はこの観念文、少し違っていました。以下にそれを載せてみたいと思います。


「生身妙覚自行の御利益・大梵天王・帝釈天王・大日天王・大月天王・大明星天王・天照大神・正八幡大菩薩等惣じて法華守護の諸天善神・諸天昼夜常為法故而衛護之の御利益法味倍増の御為に」

戸田城聖講述『日蓮正宗方便品寿量品精解』より、精文館、昭和33年)



つまり戸田会長の頃の初座の勤行の御観念文には「天照大神」と「正八幡大菩薩」の二つが含まれていたんですね。
これらがいつのまにかなぜ削除されて、そのままになっていたのか、私にはよくわかりません。
確かに私は小さな子どもの頃から五座三座の勤行をしていましたが、初座で「天照大神」や「正八幡大菩薩」を観念文で唱えた記憶はありません。すでに私の時代でこれらは削除された御観念文を使っていた筈です。


もともと大石寺の教義に神道や富士山信仰があったのなら、この両者が御観念文に含まれていても何ら不自然ではないと思います。
私が非常に気になっているのは、これらが「いつ」「どのような理由で」削除されたのかということです。