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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

ブログの紹介を。

最終更新:2017年3月27日


当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。また毎回読みにきてくださる方も多く、本当に感謝しています。

当方、元バリバリの活動家だった非活の一創価学会員が、創価学会の現在や教義の問題等を勝手に気楽に語る、非常に趣味的なブログであります(笑)。
今後は長井秀和さんと一緒にトークイベント等もどんどん随時企画していこうと考えています。
なおこのページは随時編集、リンクを追加していきます。


◯自己紹介、自身の立場の表明として

「自身の過去の告白と総括」




◯教義の問題について

日蓮本仏論について」
釈尊を本仏とする文証」
「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」
「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」
 「『余は二十七年なり』って」
「他宗批判と諸教包摂ということ」
「無作三身のこと」
「五時八教について」
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
「『御本尊七箇相承』から考える」
「阿部日開氏の『二千二百二十余年』」
「万年救護本尊について」
『百六箇抄』の問題点①経巻相承
『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想
『百六箇抄』の問題点③史実との不整合
「諸天の勧請」
「日道『三師御伝土代』を読む」
「日興『三時弘経次第』を読む」
「転輪聖王のこと」



「広宣部と言論企画部」
「『実名告白  創価学会』を読む」
「元本部職員3名の精神性」
「原田会長、財務と青年の育成について」
「財務の問題と昭和52年の問題」
「『人間革命』という用語」
「ここが変だよ。創価学会の選挙」


◯史実の検討について。

富木常忍と文書の管理体制」
日蓮の出自は『旃陀羅』か」
「『是生房』か『是性房』か『是聖房』か」
「大乗非仏説と大乗仏教運動について」
「諸々の事象は過ぎ去る」
最澄空海の関係について」


長井秀和さんとの対話シリーズ

「その1」
「その2」



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後継者は日目か日代か。




いつもお読みいただき、ありがとうございます。
さて日興滅後に大石寺では『日興跡条条事』を出してきて日目への相伝があったことを主張していますが、反対に西山本門寺では『日代八通譲状』を出してきて日興から日代への相承があったということを主張しています。実はこのことをあまり創価学会の方は知りません。


大石寺の『日興跡条条事』も西山の『日代八通譲状』もどちらもその信憑性については眉唾物で、偽書の疑いを払拭できていません。


で、第三者的に冷静に考えてみると、日目も日代も優れた日興の後継者であって、重須は日代に、大石寺は日目に、優秀な二人に任されたと考えるのが一番妥当な判断かと思います。


というのも、日興が亡くなった時の記録で『富士門家中見聞上』には以下のような記述が見られます。


「初七日には日代の御供養重須に於て之を修し日目の御説法あり、一百箇日の御仏事日目大石寺に於て修し給ふ御説法は日代なり御伝」
(『富士宗学要集』第5巻179ページ)


これを以て見ると、日目・日代どちらも日興の後継であり、それぞれが導師となっている事実を示しています。ここから考えるとどちらかが「唯授一人」の付属者ではないことがわかります。恐らくは「唯授一人」も後世に形成された教義なのでしょう。
事実、大石寺66世日達の葬儀も通夜も初七日も、67世日顕が導師を勤めています。ここから考えると日目と日代が同等に導師を勤めていることは明らかに現在の大石寺とは趣きを異にしています。



追記:1
ちなみに大石寺4世日道は実は日興の葬儀に参列していません。このことからも大石寺の唯授一人という教義が後世に形成された証左とも言えるでしょう。

追記:2(日蓮正宗のY田さんへ)
もうね、日蓮正宗の方の批判なんて、私の論に対して何を言ってくるかなんてすぐにわかりますよ。日興から日目への相伝へ疑義を呈したらもう『日興跡条条事』の「日興が身に宛て給る所の弘安二年の大御本尊は日目に之を相伝す」を出してくるくらいしかないんですから(笑)。
ちなみにY田さんが引用されたこの文は大石寺17世日精が『富士門家中見聞』で「弘安2年に授与された万年救護本尊のことで、今は保田にある」って書かれています。したがって弘安2年に日興から日目に与えられた御本尊とは戒壇本尊ではなくて妙本寺にある万年救護本尊のことかと思いますよ(笑)。しかも『日興跡条条事』って4文字分くらい文書を改竄した跡がありますが、あれは大石寺がやったんですかね? 改竄の犯人が大石寺でないとすると誰かが改竄できるほど大石寺の管理体制が杜撰だったってことになりますけど。
だから、昨日の記事みたいに自分が言いやすい記事を取り上げて、さもわかったように『日興跡条条事』を挙げたって、何も知らないことがバレバレってことが日蓮正宗の方はわからないんですかね?(笑) 申し訳ないけど他宗の方に笑われていますよ。このブログ、別に日蓮正宗とか創価学会の方ばかりが見ているわけじゃないんですから。
ですから、対外的に説得力のある論を展開できないと日蓮正宗はなんら説得力を持ち得ないんですよね。時代錯誤ってことかもしれませんけど。だいたい貴殿は口が悪いですよね(笑)。なんならアカウント名ここで晒して何て書いてあるか全部画像つけて載せてみましょうか(笑)。ちなみに今から削除して無駄ですって。全部スクリーンショットで画像保存して証拠を取ってありますよ〜☆
御座替本尊は戒壇本尊の写しではないことはちゃんとブログに書きましたから少しは反論らしいことをしたらどうなんでしょうか? Y田さん? 
きちんとFacebook上に私の記事を載せるということはどうもきちんと読んでくださっているようなので有難いんですけど、やっぱり自分に都合の悪いことはダンマリを決め込んで答えないんですかね〜☆(笑)
やっぱり御座替本尊と戒壇本尊の相貌が違うのは「御法主上人猊下の御内証」ですか〜☆ 少しは説得力のある議論ができないんでしょうかね。







称名念仏としての唱題行。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて御本尊の前に端座するのは観心の修行ですけど、そこから祈祷師ばりに"願いを叶える"呪術のような題目を唱えることは、日蓮の『唱法華題目抄』の考え方とやや異なります。

一念三千の観とは、一念に三千が含まれていることを知ることではありません。三千に一念があることでもありません。このことは天台智顗が『摩訶止観』で指摘しています。
私たちの思考には思考を表現するための言語等の記号が必要で、それらを離れて思考の内容は存在できないということです。


つまり御本尊の前に端座するというのは、全ての意味を剥ぎ取られて、ありのままの自身に還るということであると私は考えています。
単に「幸福製造機」とか「何でも願いを叶える本尊」とか言って、戸田城聖氏とか日寛みたいに日蓮思想を矮小化してはいけません。
何でも願いが叶うとか、みんなが幸せになれるとか、そんなくだらないことが日蓮の思想だったんですかね?
本当にみなさん、そう思いますか?
私はそう思いませんけど。


日蓮の思想は、本来の仏教、本来の釈迦の思想、本来の法華経の思想、本来の最澄の思想の再構成にあったわけです。
曼荼羅とはそのためのものです。
日蓮の中で、曼荼羅において一切の諸教はまとめられ、収まってしまっています。
その根本の正業を日蓮は唱題としましたが、唱題は元来天台宗でも行われていた行法です。
日蓮は観心よりも先にまず法華経を根本にすることを先とし、その基礎的な修行を唱題としたわけです。それこそが『唱法華題目抄』の趣旨であるかと思います。


そもそも日蓮は『守護国家論』において、恵心僧都源信の念仏思想について自身の解釈を示しています。


「日本国の源信僧都は亦叡山第十八代の座主・慈慧大師の御弟子なり多くの書を造れることは皆法華を拡めんが為なり」
(『守護国家論創価学会版御書49ページ)

「爾前最上の念仏を以て法華最下の功徳に対して人をして法華経に入らしめんが為に造る所の書なり、故に往生要集の後に一乗要決を造つて自身の内証を述ぶる時・法華経を以て本意と為すなり。」
(同50ページ)


日蓮にあっては批判の対象となるのは後の法然であって源信ではありません。なぜなら源信にあっては法華経の思想は捨て去られたわけではなく、法華経を根本とする考え方が源信には残っているからです。
だから裏を返すと、源信における法華経を根本とした称名念仏ならば、日蓮は認めていることになります。
そもそも源信は恵心流の開祖ですから、日蓮が批判するはずもないんですよね。


そうすると日蓮法然批判というのは、本来の天台における称名念仏の姿に教義を返すという意図があるのだと考えられます。 そして真の称名念仏こそが法華経の唱題行という論理になってくるのでしょう。
つまり日蓮にあっては、恵心僧都源信称名念仏の思想をさらに純化させ、唱題行の中に全てを収斂させていった、その本体こそが法華経の題目であり、その中に諸教の包摂性を見ることこそが真の日蓮の現代における有効性ではないかと考えています。










一念三千は即身成仏の種子ではない。





いつもありがとうございます。



『開目抄』では「一念三千の成仏」ということが説かれ、一念三千が「文の底にしづめたり」とされています。

一念三千が法華経の文の底にあることによって、法華経における即身成仏が理論的に可能であるとする根拠は、一念三千が十界互具を含むからなのでしょう。つまり十界互具があるから凡夫にも仏の命が具わるという理屈です。
もしそれだけの理由で、一念三千を法華経成仏の単なる種子だと考えていたのなら、日蓮の天台思想の理解は浅薄であると言わざるを得ません。


私の立場はそうではありません。
一念三千を固定された概念として定立する事態は回避されなければなりません。そもそも天台智顗は一念三千概念を『摩訶止観』においてただの一度しか説明していません。
智顗にあっては一心三観こそが大切であり、十乗観法の修行こそ大切であったはずです。そして叡山出身の日蓮がそのことを理解していないとすれば、それは批判されて然るべきでしょう。


現在の創価学会が言っているように法華経の文の底に"生命の永遠の法"が秘し沈められていて、その一念三千を単なる"成仏のための種子"なのだと日蓮自身が考えていたとすれば、その部分は批判されるべきだと私は思います。またそれこそが日蓮思想の限界なのかもしれませんね。
少なくとも『開目抄』の記述は妙楽湛然ばりの概念化に近く、一念三千を一つの概念として固定化するような表現、つまり智顗の曲解になっていると考えます。


天台智顗の観念観法の修行は『唱法華題目抄』によれば「愚者多き世となれば一念三千の観を先とせず」として、日蓮は一心三観の修行を優先しませんでした。題目を唱えることが法華における成仏の種子であって、それを直裁に唱えることが末法の修行であると考えたのです。



しかしながら、それは一念三千の理解を表面的、浅薄なものにしてしまい、ひいては一念三千の運動としての側面を見失わせることになると思います。
ですから、日蓮の考える唱題行をもう一度智顗の一念三千概念から再定義する必要性を感じています。
そうでなければ、かえって日蓮の思想の本義を見失わせる結果になりますし、日蓮の現代における有効性も失ってしまうと思います。


智顗の『摩訶止観』における一念三千説は空性の説明にその真意があるのであって、それを湛然以降の天台教学に捻じ曲げてしまうと、一念三千説が法華経における即身成仏の強引な根拠にしかなり得ず、単なる法華経の曲解にしかなり得ないのです。


智顗の十乗観法の修行は空仮中の三諦を直裁に見るというものです。『天台小止観』における観心は、空諦から仮諦に至り、最後に中道に至るものですが、『摩訶止観』では円頓止観と言って最初からその真実の相をそのままに見ることとされています。
その空観には龍樹(ナーガールジュナ)の思想の中観からの影響があります。ただナーガールジュナの中道を単に法華経大乗戒壇のための根拠とするだけなら、それは法の"実在化"になってしまい、本来の釈迦の思想であった中道の考え方とずれてしまうことになります。


私がナーガールジュナを評価する理由は、釈迦の本来の思想こそが"中道"であり、一切は消え去るゆえにいかに生きるべきかという問いこそが中道・すなわち本来の釈迦の教えであるということであって、そのことをナーガールジュナは理解しているからです。
ですから『十住毘婆沙論』における彼の浄土思想はいかに生きるべきかという問いに対する彼自身の一つの答えとして理解されるべきなのだと思います。


大乗は本来非仏説であり、釈迦の直接の教説とは言えません。
ですから大乗に釈迦の思想は存在しないと主張することも自由です。歴史的なゴータマ・シッダールタに興味があるなら、スッタニパータ等を読むのが一番原始仏典に近い思想になるはずですからね。
ただ私の場合は、大乗、北伝仏教の流れの中にそのような釈迦の中道を見ようとした派が存在し、その中で大乗の基礎を作った人物としてナーガールジュナを評価するゆえに、その思想から日蓮の限界を見ることが重要であると考えています。



追記:
創価学会を批判し、日蓮正宗を批判して、日蓮本人に戻りさえすれば真実は手に入るのか、私はそれも違うと思います。
屹立した日蓮という人物の人格は規範とすべきであったとしても、日蓮の教義の限界もありますので、日蓮の思想の再評価と批判が必要だと私は考えています。
それには日本天台宗の批判も射程に入らなければならないでしょう。日蓮系教団が分裂を続ける一つの遠因は日本天台宗の分裂にもあるのかもしれませんね。


日蓮正宗の方の私へのカン違い。




いつもありがとうございます。
最近、いろいろネットやSNS上で当ブログについて言及されることが増えてきました。ちなみに管理人は当ブログに対するネット上の記事、ブログ、投稿、発言、Twitterの多くのツイート、Facebook上のコメント等に目を通すようにしています。
で、私を批判される人は創価学会よりも、むしろ日蓮正宗の方が多く、少々驚いています(笑)。
悪口雑言にならなければ、どんな批判をして頂いても全然構わないんですが(まあ実際は口の悪い方が多いんですけど・笑)、なんか「これはカン違いなんじゃないかなぁ?」という批判もあって、一度きちんと書いておきたいと思います。


1、日有が日蓮本仏説であったかは不明確。

どうもカン違いされている方が日蓮正宗信徒の方に多いようですが、私は「大石寺9世日有が日蓮本仏説を唱えた」ということを実は肯定してはいません。
日有が唱えたのは「日蓮=本尊」説に近く、まだ明確に日蓮本仏説を打ち出してはいないと私は考えています。そこのところを誤解されませんように。日有に見られるのはあくまで日蓮=本尊説であり、日蓮本仏説へと繋がる萌芽であったとは思いますが、まだ明確ではないと思います。この点については17世の日精も同様です。
はっきりと大石寺から日蓮本仏説が出てくるのは26世の堅樹院日寛以降のことです。ですから日有の時代はまだ現在の大石寺のような日蓮本仏説が存在したとは言えないでしょう。



2、戒壇本尊は日有が作ったものではない

私の立論の根拠を安永弁哲氏の『板本尊偽作論』とカン違いされて批判されている法華講の方もいるようです。私は戒壇本尊が日有によって作られたとも考えていません。
犀角独歩氏も指摘されていましたが、この御本尊の造立主は「弥四郎国重」自身と考える方が自然なのであって、造立の願主である「弥四郎国重」がこの本尊を作り、日蓮自身に対して「敬って白す」としなければ「敬白」という言葉が不自然になるかと思います。犀角独歩氏のブログから引用しましょう。


いまさら論ずることではないが、所謂『本門戒壇の大御本尊』と称されるのは板彫刻下部に『右為現当二世造立如件 本門戒壇之 願主弥四郎国重敬白 法華講衆等 弘安二年十月十二日』と記されていることによる。信仰する人々は、これを日蓮大聖人の筆と早合点してきた。腰書であることすら知らず、讃文のように本尊の中に書かれたものと思い込んで来た人も多い。

近代の学匠・稲田海素は、板本尊の文字について以下のように言った。
『為現当二世云云の制作縁起は宗祖の御正筆ではなく、後人の他筆である』
当然のことだ。何故ならば、この腰書には、『敬白』、すなわち、敬って白(もう)すとあるからだ。大石寺では日蓮大聖人を御本仏と仰ぐ。敬われる最上の立場の御本仏が、誰を相手として敬って白すのであろうか、相手はいないのだ。
腰書は板彫刻の造立縁起である。つまり、造立者の『弥四郎国重』が、法華講衆、もしくは日蓮大聖人に対して、敬って白した文書である。ならば、弥四郎国重の文=他筆であることは当然ではないか。日蓮大聖人が弥四郎国重を相手として、敬白と記すわけはない。」




3、客殿の譲座本尊は戒壇本尊の写しではない

きちんとブログにも書きましたが、正応3年10月13日書写・大石寺客殿安置の御座替本尊は、戒壇本尊を書写したものではありません。

「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」

これだけ相貌が違いますし、これだけ見れば日興が戒壇本尊を手本として書いていないことは明確かと思います。この点について日蓮正宗の方は全然回答されませんが(笑)、お得意の「法主の内証の問題」とか言うのでしょうか。



4、終わりに。

一定の思考の枠に囚われてしまうと、私を批判するにしても自身の知っている先入観の枠内でしか批判できなくなってしまうんですね。戒壇本尊を否定するものはなんでもかんでも安永弁哲さんだろうとか思われても困ります(笑)。
また創価学会の方も一つの先入観を持つと、そこから抜け出すことができない、どうしても日蓮は「末法の御本仏」ですし、御本尊は「宇宙の生命の法」ですし、池田名誉会長は「池田先生という永遠の指導者」みたいですから。
永遠に変わらない絶対のものなど存在しません。創価学会の方も日蓮正宗の方も早く幻想から醒めてほしいと願うばかりです。

未来部に未来はない。






いつもみなさん、閲覧いただき、ありがとうございます。
創価学会の未来部の減少ぶりは本当にひどいものですが、あるブログ記事を見て改めて衝撃を受けました。


「未来部合計20万人」(蓮の落胤創価学会、話そうか)


この方も私と同様、非活メンバーの一人ですが、ここまでデータを提示されるともはや創価学会の未来部に未来などないということがよくわかりますね。
以前こんな記事を私も書いています。


「未来部って」


蓮の落胤ブログ主さんの意見とほぼ同じですが、遅かれ早かれ、日本の創価学会は滅びます。組織維持のために躍起になって壮年婦人部は努力しているかと思いますが、あらゆる努力はもう手遅れです。
東京五輪が終わって、2025年頃が一つのターニングポイントになるでしょう。団塊の世代が75歳くらいになる頃です。さすがに組織の活動家のメインが75歳を越えるようになったら、もはや組織人事も入れ替えないとダメでしょう。


聖教新聞を配る人もいなくなりますし、白ゆり長やB長のなり手も不足してくるでしょう。
現状で75歳を越えた白ゆり長がすでに出てきていますから、これがまた一層深刻になってくるはずです。
男女青年部と同様に地区の壮年、婦人でも地区役職が立てられない人材難に陥ることでしょう。


もはや日本の創価学会組織の壊滅は時間の問題です。この現実を受け止めることが大切でしょうね。




日興『三時弘経次第』を読む。






いつもありがとうございます。


日興筆とされる『三時弘経次第』ですけど、実際には真蹟は存在していません。堀日亨氏は『三時弘経次第』の内容が日興正筆の『本門弘通事』と同趣旨であるとして『富士宗学要集』に同編を続けて収録しています。このことから『三時弘経次第』が日興真撰である蓋然性は高いことになります。堀日亨氏と同様に宮田幸一氏もこの点について同書の信憑性に一定の評価をしています。
内容的には天台宗戒壇を迹門とし、法華の戒壇を本門とするものです。
日興正筆の『本門弘通事』と内容が同趣旨であることから考えても、同抄は日興の当時の思想を伝える書物と判断してよいと私は考えています。実際、堀日亨氏と宮田幸一氏も同じ判断をしています。
実際にどんなことが書いてあるか、全文を引用してみましょう。



「一仏法流布の次第
一正法千年流布  小乗  権大乗
一像法千年流布  法華  迹門
末法万年流布  法華  本門
末法に入つて本門を立てて国土を治む可き次第。
桓武天皇伝教大師と共に迹化付属の師檀と為つて爾前を破つて迹門を立てて像法を利益し国土を護持する事之を図す。
迹門の寺  付属の弟子は  薬王菩薩  伝教大師
比叡山  始成の釈迦仏  迹化垂迹の師檀  像法。
日蓮聖人は共に本化垂迹の師檀と為つて迹門を破して本門を立てて末法を利益し国土を治む可き之を図す。
本門の寺  付属の弟子  上行菩薩  日蓮聖人
冨士山  久成の釈迦仏  本化垂迹の師檀  末法
天照太神の勅に曰く、葦原千五百秋の瑞穂の国は是レ子孫の王たる可き地なり、宜しく就て治む可し。
孝経に云はく、先王正直の徳を行ふときんば四方の衆国皆法則に順従するなり。」
(日興『三時弘経次第』堀日亨編『富士宗学要集』第1巻相伝部49〜50ページ)



最澄戒壇を迹門の戒壇とし、日蓮戒壇末法万年の戒壇、本門と配するという観点で書かれており、日興らしい思想だと考えられます。
そしてこの中で書かれているように「本門の寺」における「付属の弟子」は「上行菩薩」としての「日蓮聖人」です。どこにも「御本仏」とも「久遠元初自受用報身如来」とも書かれていません。


「本門の寺」において日蓮の立場が法華経で釈迦より付属を受けた上行菩薩であるとするなら、日蓮本仏説が見られることの方がむしろ不自然です。事実ここでは日蓮本仏説など微塵も見られません。もしも日興に日蓮本仏説があったとするなら、迹門の戒壇を破って本門の戒壇を富士山に建立すると主張している文書で、日蓮聖人の立場を「上行菩薩」と書くはずがありません。しかも次の行には「久成の釈迦仏」と書いて釈迦本仏説を明確に打ち出しています。


従ってここから考えても、『三時弘経次第』を真撰とする立場に立つならば、日興の中に日蓮を本仏とする思想は当時から存在しなかったことが容易に推察できるかと思います。