気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

ブログの紹介を。

最終更新:2018年11月10日


当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。また毎回読みにきてくださる方も多く、本当に感謝しています。

当方、元バリバリの活動家だった非活の一創価学会員が、創価学会の現在や教義の問題等を勝手に気楽に語る、非常に趣味的なブログであります(笑)。
なお、このページは随時編集、リンクを追加していきます。


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◯自己紹介、自身の立場の表明として

「自身の過去の告白と総括」
「現在、創価学会の活動に疑問を抱いている方へ」
「私のブログへの批判に対して」
◯教義の問題について

日蓮本仏説は後世の創作に過ぎない」
日蓮本仏論について」
釈尊を本仏とする文証」
日蓮本仏説の萌芽」
「釈迦一仏にかぎりたてまつる」
釈尊を御本尊と定めさせ給いて」
「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」
「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」
「日興の譲座本尊の相貌」
「興門流の各文書に見る戒壇本尊への疑義」
「『三師御伝土代』と戒壇本尊との矛盾」
「日興書写曼荼羅戒壇本尊との相違」
「和泉公日法のこと」
戒壇本尊の重さ」
「日興は身延から何も持ち出していない」
「六壺の日興本尊も贋作か」
「自山の正統性を証明できず」
「御本尊の写真撮影について」
「『余は二十七年なり』って」
「宇宙生命はバラモン教の教え」
「一生成仏について」
「他宗批判と諸教包摂ということ」
大日如来を勧請する本尊」
「無作三身のこと」
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
「『御本尊七箇相承』から考える」
「阿部日開氏の『二千二百二十余年』」
「万年救護本尊について」
「『百六箇抄』の問題点①経巻相承」
「『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想」
「『百六箇抄』の問題点③史実との不整合」
「諸天の勧請」
「日道『三師御伝土代』を読む」
「日興『三時弘経次第』を読む」
富士山本門寺の久成釈迦仏」
「仏像を安置することは本尊の図の如し」
南部実長の仏像造立に対する日興の書状」
転輪聖王のこと」
「龍樹の『空』と日蓮の『一念三千』」
日蓮真言批判の問題点」
 「法華真言の用例」
法華経一部読誦について」
「二処三会は存在しない」
「真蹟遺文に『血脈』の語はない」
「『しうし』か『したし』か」
http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/01/07/001135
「宿命は日蓮の思想ではない」
「日華・日仙の御本尊書写のこと」
創価学会幹部の本尊理解」
波田地克利氏の『戒壇=大学』説」
「初期仏教のこと」
「四聖諦と十二支縁起と六処のこと」
「紫宸殿本尊とは」
戸田城聖の紫宸殿本尊に関する発言」



創価学会内の問題について

「池田青年の入信の事実」
「池田名誉会長のピアノ」
「正木さんの師弟観」
池田氏とノリエガ氏との交友」
池田氏チャウシェスク氏との交友」
「池田名誉会長の理解できない発言」
創価学会内部の教義的な分裂について」
「仏法は師弟なのか」
「歴史的役割の終わり」
戸田城聖という人」
「広宣部と言論企画部」
「『実名告発・創価学会』を読む」
「元本部職員3名の精神性」
「元職員三人の今後の資金繰り」
「原田会長、財務と青年の育成について」
「財務の問題と昭和52年の問題」
「『人間革命』という用語」
「ここが変だよ。創価学会の選挙」
創価学会の選挙戦①公示前」
創価学会の選挙戦②KとFとZ」
「『アンチ創価学会』のこと」
創価学会の創立はいつか?」
「昭和54年の辞任問題」
「宗創問題について①平成2年7月〜12月」
「宗創問題について②平成2年7月以前のこと」
「宗創問題について③平成2年〜平成3年」
「小笠原慈聞氏の謝罪画像の新聞掲載」
「大蔵商事のこと」
戸田城聖氏の帝国海軍への賛辞」
「興亜聖業とは」
「『南元センター』について」
「もっとんさんのツイート」
「教義のソフトランディング」
「『創価学会秘史』への宮田幸一氏の所感に対して読者の所感」
「塚本素山のこと」
「内部・外部という言い方」
「経営コンサルティング会社との契約」




◯史実の検討について。

富木常忍と文書の管理体制」
日蓮の出自は『旃陀羅』か」
「『是生房』か『是性房』か『是聖房』か」
「大乗非仏説と大乗仏教運動について」
「諸々の事象は過ぎ去る」
最澄空海の関係について」
「五時八教について」
「法華三部の発想」
「日興は四老僧と敵対していない」
「日興遺誡置文のこと」
「日興は身延から何も持ち出していない。」
「登山会のこと」
大石寺7世・日阿のこと」
「9世日有から日乗、日底、日鎮への相承」
大石寺13世・日院のこと」
「日精は大石寺の17世か、18世か」
大石寺を隠居した18世の日精」
「三大秘法口決は八品派から大石寺流入した」
「敬台院と日精のこと」
「興門派の持ち回り管長」
「日道は日興の葬儀に参列していない」
「日目から日郷への相伝について」
「日目の『法命を継ぐ』日郷」
「完器講のこと」




長井秀和さんとの対話シリーズ

「その1」
「その2」




師弟不二の用例。





いつもみなさん、ありがとうございます。



ところで日蓮の真蹟遺文で果たして「師弟不二」ということが書かれたものがあるのでしょうか。
結論から言うとありません。


例えば『華果成就御書』には創価学会員さんによく知られた「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず」(創価学会版御書900ページ)とありますが、そもそもこの『華果成就御書』には真蹟は存在せず、最古の写本は身延中興の三師である行学院日朝(1422〜1500)のもののみです。


つまり『華果成就御書』は日蓮滅後、数百年を経てから知られるようになった文書であり、日蓮の著作とは言えません。


これ以外に「師弟」ということを強調する日蓮系の文献は以下の通りです。


『御義口伝』2箇所、同717・748ページ
『御講聞書』1箇所、同824ページ
『百六箇抄』2箇所、858・866ページ


当然のことながら、これら講説や相伝書には真蹟も信頼できる写本も存在しません。
そしてさらに決定的なのは日蓮の遺文中で「師弟不二」という用例が存在していないということです。


では「師弟不二」という言葉が最初に用いられたのは、いつ誰によってなのでしょう。
その答えは実は大石寺26世日寛です。


「一、経云如我等無異等文。此の下次に正しく釈成する也。当に知るべし前の正釈の中は人即法に約す。故に『我等受持此五字等』云ふ也。今、釈成の中は法即人に約する也。此れに亦二意有り、一には三身即一身に約す。謂く久遠元初の自受用身也。二には一身即三身に約す。謂く本地無作の三身是也。
此の釈成の文亦分て三と為す。初め如我等の下は自受用に約し師弟不二を示す。次に宝塔品の下は無作三身に約して親子一体を示す。三に寿量品の下は久遠元初に約して君臣合体を示す云云。」
(日寛『観心本尊抄文段上』富士宗学要集4-249ページ)


つまり「師弟不二」ということを強調したのは、江戸時代になって大石寺の日寛から主張されたものであり、本来日蓮の教義とは関係がないものであるということになります。





追記:
日寛の『観心本尊抄文段』は原漢文体ですが、読み下しをして、読み易さの点から適宜句読点を改めたことをご了承ください。















日精を尊崇していた日寛。






いつもみなさん、ありがとうございます。



さて創価学会側は大石寺を批判する時、大石寺18世了玄日精を「造仏」を容認したとして批判するロジックを展開した時期があります。
で、これって大丈夫なのかなと非活・退会組の自分ながら教団が心配になります(笑)。


大石寺26世日寛の本尊を信徒に頒布し、日寛の教義を部分的に用いて教団運営をしているのが現在の創価学会の実態ですが、そもそも日寛が入信・出家を決めたのは日精の説法を直接聴聞したことが契機でした。日精と日寛は同時代の人物なんですね。


日精が江戸の下谷常在寺を24世の日英に付嘱した天和3年(1683年)12月下旬、19歳の日寛はこの下谷常在寺の日英の下で得度し、覚真日如と名乗っています。


日精に対して日寛が深く尊敬の念を抱いていたことは各資料が示していまして、例えば大石寺久成坊と寂日坊の本尊は日精書写本尊を日寛が板本尊に造立し、開眼したものです。


「久成坊の御本尊造立は享保6年4月、寂日坊の御本尊造立は享保7年5月のことであり、その時期は日寛上人が一度御退座されて日養上人が総本山の御当職であられた。にもかかわらず、御隠尊の日寛上人が自ら造立・開眼なされたことは、発心の師であり、功績莫大な日精上人に対して深く尊崇遊ばされていたことを示すものである。」
(『大百法』日蓮正宗、平成16年3月16日)


また日寛は『文底秘沈抄』でも「今に至るまで四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむる事無し」と述べており、相承が日精以前からもきちんと伝わっているという認識に立っています。


そもそも大石寺の本来の中興の祖は9世日有、18世日精の二人なのであって、日寛を中興の祖とするのは59世堀日亨の見解が現在も採られているだけのことなんです。


私はそもそも日精が大石寺の18世であったと考えていますし、また日精以降、細草檀林の設立を経て八品派の教義の流入大石寺にあったと考えています。日寛は発心の師である日精から影響を受け、細草檀林で学び、自身の教学を体系化したと考えるのが自然かと思います。


大石寺を隠居した18世日精」

「敬台院と日精のこと」







どこまで謗法なのか。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて大石寺は他宗の行事を行ったり他宗教と親近することは「謗法」として戒められています。
かつての昔の創価学会は「謗法厳誡」なんて言っていたんですが、今ではすっかり神社などとも仲良くなって、お神輿を担いでお祭りに参加する地区まであるようですね。



さて新参講の信徒さんが語るところから、大石寺の教義でいうと、どんなことが謗法になるのか、簡単に書き出してみましょう。



ハロウィンで仮装するのは謗法。
クリスマスをお祝いするのは謗法。
クリスマスケーキを食べると謗法。
クリスマスケーキの表面の「メリークリスマス」と書いたチョコ板を食べるとさらに謗法。
初詣で神社に行くと謗法。
というか鳥居をくぐった時点で謗法。
参拝なんてもってのほか。
ベートーヴェン交響曲第9番は神への礼賛なので歌うのも聞くのも謗法。
神社でおみくじを引くのは謗法。
神社のお祭りで食べ物を食べると謗法。
正月の門松としめ縄は謗法。
おせち料理を食べると謗法。
七草粥を食べると謗法。
寺詣りのお土産の門前菓子を食べると謗法。
他宗のお坊さんに会うと謗法。
聖書を読むと謗法。
コーランを読むと謗法。
英語の「Good bye」は「God be with you」の短縮形で「神が汝とともにありますように」という意味なので、言うと謗法。
イスラム圏で「アッサラームアライクム」という挨拶をすると謗法。
遠藤周作の小説を読むと謗法。
ダンテの『神曲』を読むと謗法。
賛美歌を聞くと謗法。
バッハの『マタイ受難曲』を聞くと謗法。
映画「ベン・ハー」を見ると謗法。
映画「サン・オブ・ゴッド」を見ると謗法。
アニメ「エヴァンゲリオン」を見ると謗法。
アニメ「トンデラハウスの大冒険」を見ると謗法。



………まあ、どこまで謗法になるのかわかりませんけど、厳格に「謗法厳誡」ということを言い出すと、日常生活の多くに宗教の影響があることはいかんとも否定し難い事実なのでして、無理が出てくると思います。それでも厳格にやろうとするなら、大晦日の大掃除でさえ「謗法」になってしまうと思います(笑)。












スマートフォンのアプリで会場申請。






いつもみなさん、ありがとうございます。



さて創価学会の会館を会員が使用する時は大抵支部幹部以上の人が会館に電話かファックスをする、あるいは直接会館で申請書類を書くという手順になっていました。


それがついにスマートフォンのアプリから会場申請ができるようになります。


なんか創価学会からの宣伝文句みたいな記事になっちゃいましたが(笑)、実際すでに先行して世田谷総区、広島市で実験的なテスト導入が行われていまして、特に問題がなければ全国の創価学会の会館で実施される予定になっています。



ただし申請ができるのは、創価学会支部幹部以上のメンバーです。



ところで、このことに関して私は一つ懸念をしていますが、どうもスマートフォンを使えない高齢者は支部幹部以上のライン役職から外されることが決まっているようです。
もちろん例外もありまして、「黄金地区」と呼ばれる、いわゆる「過疎地で高齢者中心の地区」は高齢者しかいませんから、そもそも無理かと思います。


スマートフォンのアプリで会場申請の利便性を高めたいのはわかりますが、地域方面によっては支部幹部の人材不足が問題として浮上してきそうです。





短絡的な「仏法=師弟」観。






いつもみなさん、ありがとうございます。


さて創価学会の現名誉会長である池田大作氏は「仏法の究極は師弟である」と発言しています。


「仏法の究極は師弟である。『師弟不二』である。『仏法を持つ』ということは『師弟不二に生きぬく』ということである。『師弟、師弟』と口先では何とでも言える。しかし現実は、そんな簡単なものではない。」
池田大作・スピーチ、第55回本部幹部会、全国青年部幹部会、2005年12月8日、『池田大作全集』第99巻所収)


本部幹部会の同時放送に参加した会員さんも、さまざまな場面で、池田氏が「仏法は師弟である」と幾度となく発言してきたこともよく見て聞いて知っているかと思います。


私はそもそも師弟という考え方は仏法ではないと思っています。


「仏法は師弟なのか」


そもそも仏法以前のヴェーダ思想すでに師子相承の考え方は存在していました。
そこに親近性がある可能性を否定はしませんが、だからといって「仏法の究極は師弟だ」と結論付けるのは、安直な発言に過ぎないと思います。


検証もなく、安易に断定的な発言をされるのは池田氏の傾向ですが、また同時に多くの池田氏の弟子を自称する方にも共通しているでしょう。その短絡的な発想そのものが外から批判されているというシンプルな事実を、原理主義的な信徒の方はもっと自覚されるべきかと私は思います。








資料、ソースのこと。





いつもみなさん、ありがとうございます。



ところで、何人かご質問があったのですが、「気楽非活さんのブログのソースは何ですか」「何を資料にしてそんなに毎日書いているんですか」というものがありました。


まず創価学会の内部状況に関しては、もともと私自身がバリバリの活動家でしたから、自分の記憶で書けることもあります。


と同時に、私は自分の地域組織からは完全に非活(というか実質的に退会状態)で、顔も見ませんけど、現在の私の友人には他組織の創価学会の現役の活動家、また信濃町の本部職員さん、大石寺の旧信徒さん、大石寺法華講の離檀組、また僧籍にある方やブロガーさん等がいらっしゃいますので、いろいろあちこちから教わっているというのが正直なところです。


情報リークに関しては、なるべく裏を取って場所や日時を特定できると判断した時点で、情報提供者の方の発言にほとんど手を加えず、そのまま載せるようにしています。


またそれ以外の文献については、自分が広宣部時代に集めていたものに加えて、現在収集しているものがあり、それらをいろいろ読んで考えて書いているというのが実情です。
他にもいろいろありますが、主な参考資料を以下に列記してみます。


日亨編『富士宗学要集』全10巻、聖教新聞社、1974年。
小林正博『日蓮大聖人の「御書」を読む  上・法門編』第三文明社。1996年。
正本堂建立記念出版委員会編『日蓮正宗歴代法主全書』日蓮正宗、1972年。
日亨編『日蓮大聖人御書全集』創価学会、1952年。
創価学会教学部編『編年体日蓮大聖人御書』創価学会、1972年。
立正大学編『日蓮宗宗学全書』(主に第1巻上聖部、第2巻興尊全集興門集)山喜房仏書林、1959年。
浅井要麟編『昭和新修日蓮聖人遺文全集』平楽寺書店、1934年。
柳澤宏道『石山本尊の研究』はちす文庫、1997年。
溝口敦『池田大作「権力者」の構造』講談社+α文庫、2005年。


…………とまあ、あまり多くなりますと煩雑なのでやめますが、いろいろ本棚の文献をさらって読んで考えたことを書いたりしています。
これ以外にも例えばさまざまな史料や文献情報の提供を頂くこともあります。情報提供される方々には本当に感謝しています。いつもありがとうございます。


史料も文献もブログを書き出すようになってから新たに集めたものも少なくありません。
またいろいろ勉強して、有意義なブログにできたらなぁと考えています。


生来の不勉強もあり、私は学術機関等で専門的に仏教を研究したことなどありません。大学には行きましたが、専攻は仏教とは関係ありませんでした。私がブログ開設を当初躊躇ったのはそんなことが原因でした。
ですからそんなに高度な内容のものを書く自信などありません。ただ私としては気楽に書いて、多くの人がわかりやすいものを書きたいですし、また誰もがわかる言葉で自分のやってきた創価学会活動家としての誤った半生を総括していきたいと考えています。


誰にもわかる言葉で語る、ということを私は大事にしたいです。
自分たちの教義の論理矛盾を指摘されてもケムに巻くことしかできない、またすり替えて非難中傷しかできない原理主義的な信徒に私は戻りたくありません。


私は私の犯した半生の過ちを、私の言葉で、また誰もがわかる言葉で気楽に書き続けたいと願っている、単なる愚かな人間に過ぎません。
応援してくださるみなさんのおかげで書けることに改めて感謝申し上げます。ありがとうございます。毎日数千件のアクセス、そしてひと月で12万を超える平均アクセスを頂いていることにも感謝しかありません。