気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

ブログの紹介を。

最終更新:2017年12月10日


当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。また毎回読みにきてくださる方も多く、本当に感謝しています。

当方、元バリバリの活動家だった非活の一創価学会員が、創価学会の現在や教義の問題等を勝手に気楽に語る、非常に趣味的なブログであります(笑)。
なお、このページは随時編集、リンクを追加していきます。


Twitterアカウント
@mwP0s8t4fiA7LWQ

管理者メールアドレス
kirakuhikatsu(@)gmail.com
ご意見、ご感想、応援メッセージ等ありましたら。
メールを送られる際は(  )を外して送信ください。



◯自己紹介、自身の立場の表明として

「自身の過去の告白と総括」
「現在、創価学会の活動に疑問を抱いている方へ」
「私のブログへの批判に対して」
◯教義の問題について

日蓮本仏説は後世の創作に過ぎない」
日蓮本仏論について」
釈尊を本仏とする文証」
日蓮本仏説の萌芽」
「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」
「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」
「興門流の各文書に見る戒壇本尊への疑義」
「『三師御伝土代』と戒壇本尊との矛盾」
「六壺の日興本尊も贋作か」
「『余は二十七年なり』って」
「一生成仏について」
「他宗批判と諸教包摂ということ」
「無作三身のこと」
戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」
「『御本尊七箇相承』から考える」
「阿部日開氏の『二千二百二十余年』」
「万年救護本尊について」
『百六箇抄』の問題点①経巻相承
『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想
『百六箇抄』の問題点③史実との不整合
「諸天の勧請」
「日道『三師御伝土代』を読む」
「日興『三時弘経次第』を読む」
「転輪聖王のこと」
「二処三会は存在しない」
「真蹟遺文に『血脈』の語はない」
「『しうし』か『したし』か」
http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/01/07/001135
「宿命は日蓮の思想ではない」


創価学会内の問題について

「池田青年の入信の事実」
「池田名誉会長のピアノ」
「正木さんの師弟観」
創価学会内部の教義的な分裂について」
「仏法は師弟なのか」
「歴史的役割の終わり」
戸田城聖という人」
「広宣部と言論企画部」
「『実名告発・創価学会』を読む」
「元本部職員3名の精神性」
「元職員三人の今後の資金繰り」
「原田会長、財務と青年の育成について」
「財務の問題と昭和52年の問題」
「『人間革命』という用語」
「ここが変だよ。創価学会の選挙」
創価学会の選挙戦①公示前」
創価学会の選挙戦②KとFとZ」
「『アンチ創価学会』のこと」
「昭和54年の辞任問題」
「宗創問題について①平成2年7月〜12月」
「宗創問題について②平成2年7月以前のこと」
「宗創問題について③平成2年〜平成3年」
「『南元センター』について」

◯史実の検討について。

富木常忍と文書の管理体制」
日蓮の出自は『旃陀羅』か」
「『是生房』か『是性房』か『是聖房』か」
「大乗非仏説と大乗仏教運動について」
「諸々の事象は過ぎ去る」
最澄空海の関係について」
「五時八教について」
「法華三部の発想」


長井秀和さんとの対話シリーズ

「その1」
「その2」



◯ブログ「仏教と批判的合理主義」Libraさんとのメールによる対話シリーズ。

Libraさんとの対話
Libraさんとの対話その2
Libraさんとの対話その3
Libraさんとの対話その4
Libraさんとの対話その5

広告を非表示にする

一念三千は実体ではない。





いつもみなさん、ありがとうございます。



そもそも天台智顗の『摩訶止観』を読めばわかることなのですが、天台には「一念三千」という用例は存在しません。「一念三千」は妙楽大師湛然の用例であり、天台大師智顗は「一念三千」という語を用いていません。
止観から見れば、「一念三千」は己心を見る一つの方法論、見方なのであって、実体ではありません。
「一念三千」をあたかも実体の如く扱うのは大きな誤りかと思いますし、『摩訶止観』の本意にもそぐわないでしょう。


日蓮は『唱法華題目抄』において、唱題を止観の代替としました。日蓮は天台を否定したというより、その立ち位置が異なるということなのでしょう。
ですから純粋な日蓮門徒としての立場に立てば、唱題によって止観の代わりとするということになろうかと思います。



私が唱題行になんらかの意味を見出せると考えるなら、この「止観の代替」という意味でしかあり得ないと考えています。


題目を唱え、一心三観を通じて何を見るかというのが、現在の私の中の唱題行に過ぎません。
まあその部分については、私の個人的な信仰になってしまうので、このことに関してはこのブログでは語らないことにしたいと思っています。



信心の血脈のルーツ。





いつもみなさん、ありがとうございます。


今回のテーマは創価学会員さんがよく使われる「信心の血脈」という言葉です。



大石寺の信徒さんは、創価学会を批判される際に「信心の血脈とは何事だ」と批判されます(笑)。要するに大石寺さんからすれば「法主に代々に伝わる法水」の血脈が大切ということで、それへの信を違えてはならないということなのでしょう。



ところで、創価学会が「信心の血脈」という時にそのルーツはどこにあるのかと言えば、それも実は大石寺なんです(笑)。
元々は大石寺9世日有にそのルーツを見ることができます。
例えば堀日亨が註解を記した『有師化儀抄註解』を見てみましょう。


「信心と血脈と法水は要するに同じ事になるなり、信心は信行者にあり・此信心に依りて御本仏より法水を受く、其法水の本仏より信者に通ふ有様は・人体に血液の循環する如きものなるに依りて・信心に依りて法水を伝通する所を血脈相承と云ふが故に・信心は永劫にも動揺すべきものにあらず・撹乱すべきものにあらず、若し信が動けば其法水は絶えて来ることなし、爰に強いて絶えずと云はば其は濁りたる乱れたる血脈法水なれば・猶仏法断絶なり、信心の動かざる所には・幾世を経とも正しき血脈系統を有し仏法の血液活発に運行す」
(富士宗学要集1-176ページ)



以前にもこのテーマについては記事を書いています。例えば以下の記事です。


「『信心の血脈』のこと」


この日顕氏の説法にも見られるように、本来「信心の血脈」というのは大石寺でも散々言われてきたことなのです。法華講さんなら実感されると思いますが、大石寺ほど信徒さんに「絶対の信」を強調する団体ってなかなかありませんよね(笑)。まあ、要するに疑われるといろいろ教団のボロが出るので、あまり疑ってくれるなってことかと勘ぐってしまうんですけどね(笑)。


ですから大石寺法華講さんが、創価学会員さんの言う「信心の血脈」を否定するなら、それは元々は大石寺さんが昔から言われていたことなんですよってことなのです。






「有供養者福過十号」と「若悩乱者頭破七分」







いつもみなさん、ありがとうございます。


さて何度となく、このブログで指摘していることですが、日蓮法華経や一念三千の理解等、天台教学の理解は、天台智顗からというより、妙楽湛然から摂取したものと考えられます。


「龍樹の空と日蓮の一念三千」


「『一代聖教大意』から見る日蓮の一念三千説の理解」


妙楽大師・湛然は中国天台宗6祖であり、天台中興の祖とされます。湛然によって天台教学はきちんと整理されたという事績はありますが、問題は湛然の教理化が智顗の思想と一致しているのか否かということです。



日蓮の天台教学理解は、湛然に依拠しているあまり、本来の智顗の止観を歪んで解釈しているのではないかというのが私の素朴な疑問です。


さて前置きが長くなりましたが、ここからが本題で、御本尊の両肩に書かれた次の二文についてです。


「有供養者福過十号」
「若悩乱者頭破七分」


実はこの二つ、法華経からの引用ではなく、天台智顗でもなく、実は妙楽湛然の『法華文句記』からの引用です。
このことは大石寺の『大白法』でも指摘されています(『大白法』平成10年11月16日)。


日蓮法華経解釈は、天台の法華三大部であり、その注釈として有名な湛然の『法華文句記』『法華玄義釈籤』『摩訶止観輔行伝弘決』を依拠としています。



ところでこの二つの文章、『御本尊七箇相承』では「之を書く可し」(富要1-32)とされていますが、なんと肝心の戒壇本尊には書かれていません(笑)。嘘だと思ったら奉安堂に行ってみてください。見事に書かれていません。
もっと言ってしまうと、日蓮の本尊には書かれているものも書かれていないものも両方存在しているんですね。



法華経理解を湛然に求め、それを絶対としてもそれらは信仰の自由ですが、単なる天台教学に過ぎません。湛然の天台宗を再興させた中興の祖としての功績を私は決して否定するものではありませんが、もしも本来の一念三千とか、智顗の思想を語るのであれば、私は日蓮の多くの湛然由来の教義から決別するべきかと思います。





梵字に関する質問。




いつもみなさん、ありがとうございます。

さて先日、日蓮梵字「バン」について、思うことを書いてみました。


梵字『バン』について」


アクセス数がやたら多い割にあまり反響のない記事かと思っていたら、いくつか質問がありましたので、わかる範囲でいろいろ答えてみたいと思います。



1、密教の僧侶も梵字を書く際に、日蓮曼荼羅のように崩した書き方なのか。


※いえ、違うと思います。縦に細長く引き伸ばして書くのは日蓮の特徴的な書き方かと思います。



2、御本尊の両脇の梵字の筆法は正しいのか。


※正直よくわかりません。あの筆法が日蓮の書き方であることは確かですが、梵字には忠実に書いているように思います。問題は日興で、日興自身はかなり日蓮の筆法と違うように思います。


3、法華経密教なのか。


法華経密教とは普通呼ばれません。密教経典とされるのは大日経理趣経大日経疏、理趣釈などかと思います。



4、「バン」と「ウン」を漢字で書かず、なぜ梵字で書くのか。


※水口日源の『本尊三度相伝』には「本尊は皆漢字なり何ぞ不動愛染の二尊を梵字に書くやと云はるるは大師悉曇梵字を知る故に梵漢に通ずる義を顕はし玉ふなり」と書かれています(富要1-39〜40)。
大石寺創価学会の言い方を借りれば、日蓮在世中の世界観を「インド」「中国」「日本」が「南閻浮提」と考えていますので、世界に通ずる意味と解することもできるかと思います。
ただ個人的には日蓮の花押が梵字を基にしていて、それが「バン」から「ボロン」に後年変化しているとすると、これは「バン」と「ウン」と「ボロン」で「虚空蔵曼荼羅」を表現しているのではないかと考えたこともあります。

「不動と愛染と虚空蔵」


5、日蓮梵字「バン」「ウン」に魔力があると考えていたのでしょうか。


※わかりません。私は基本『唱法華題目抄』の「利根と通力によるべからず」という日蓮の考え方を採用していますので、日蓮梵字によって何か「通力」のようなものを考えたというのは俄かには同意しませんね。



6、曼荼羅書写をした人によっては梵字の書き方が違って見えるが、細かい部分の書記はこだわらないものなのか。


※これは事実でして、日蓮、日興、日道等で梵字の筆法はだいぶ違ってみえます。そのへんはよくわかりません。






広告を非表示にする

国家主義の日蓮は創価学会には都合が悪い?




いつもみなさん、ありがとうございます。


さてTwitterで、宗教学者島田裕巳氏が以下のように呟いていました。



折伏顕正会の方が熱心です。創価学会はあまり折伏をしていませんね。今、創価学会員は日蓮に関心がないんじゃないんでしょうか。」


私は「布教」という意味合いで「折伏」という語を使うのは、日蓮真蹟と用例が違うという理解であり、「折伏」を「布教」の意味では用いない立場にありますが、あえて言えば、現在の創価学会顕正会のような布教活動に熱心ではないというのはよくわかります。



その意味で不特定多数に入会を迫り、布教活動に熱心なのはむしろ顕正会です。本家の大石寺はどちらかというと創価学会組織の切り崩しばかりにやっきになり、一般の方への布教活動はほとんどできていません。



さて私が島田裕巳氏の発言で最も気になったのは「今の創価学会員は日蓮に関心がないのではないか」というところです。
この指摘は当たっていると思います。



というのは先日の記事で日蓮と国家の問題を扱いましたが、日蓮の真蹟を丹念に読めば、その思想は国家への諫暁であり、国家の持つ宗教の問題を論じ、公上対決で雌雄を決しようとする日蓮の宗教観が浮かび上がってきます。
すなわち日蓮の本来の思想は時代的な制約があるとはいえ、極度の国家主義なのであって、そのことは「民衆仏法」を標榜する創価学会にとって若干都合の悪い史実なのです。



私は創価学会が「民衆仏法」を標榜するのならば、それはそれで自由で構わないと思うのですが、その前提として日蓮の行き過ぎた国家偏重の思想を検証批判すべきかと思うんですね。
ところが、創価学会は自分たちが日蓮の正統であることを謳っている。私などからすれば大石寺と同様、「日蓮の正統」とか「血脈相伝」なんてもの自体が信頼の置けないものなのですが(笑)、今の創価学会はそういった日蓮の思想の検証批判をうやむやにして、オブラートに包んで「民衆仏法」などと言っているからこそ始末に負えないのです。



創価学会員はよく「『立正安国論』では『国』の字が『くにがまえに民』の字で書かれている。これこそ日蓮が民衆仏法である証拠」などとまことしやかに語ったりしますが、『くにがまえに民』という字は『貞観政要』からの引用とも言われています。それに「民」という字は象形文字であり、創価学会員さんはその由来を果たしてちゃんと知っているのでしょうか?


「民」という字の由来は「両目に針を刺されて見えなくなっている奴隷」の意味です。戦に敗れて奴隷として仕えた者たちが逃げられないように目を潰されている、多くの民衆がそのような状態にあったからこそ「民」という文字ができたのです。「民衆が中心」という思想を表現するならば、そもそも「民」という文字は使うべきではないのです。単なる奴隷の意味です。



いい加減、教団が提示するいい加減な教義に気づき、日蓮思想の限界にきちんと目を向ける時に来ているかと私などは思います。





日蓮における国家と宗教。






いつもみなさん、ありがとうございます。


さて以前ブログにも書きましたように、日蓮には民衆と交流した形跡が遺文中に見られないことから、日蓮を民衆仏法と定義するのは史実と甚だ相違すると私は考えています。


日蓮は民衆仏法ではない」


むろん『守護国家論』や『立正安国論』執筆の動機は正嘉の大地震による民衆の苦しむ惨状であったはずです。
日蓮は民の苦しむ惨状の原因を国家の持つ宗教と考えたことは多くの方が指摘されている通りです。そこで日蓮は宿屋入道を通じて最明寺時頼に『立正安国論』を提出します。
日蓮は公上対決をもって善悪を決したいと考えていました。そしてその決断を国主たる北条時頼に迫ったんですね。
日蓮の手法は一貫しています。すなわち自身は出家の身故に「覚徳比丘」の立場であり、北条時頼は在家故に「有徳王」の立場なんですね。



つまり日蓮は出家者ですから「法華経の敵」である僧侶たちを処罰する「折伏」行為はできない立場にあります。したがって日蓮自身はあくまで「摂受」の立場で法の正邪を為政者に諫言し、国主を動かして「折伏」を現じさせ、もって法華経を根本とした平和楽土を建設しようとしたんですね。



これは普通の人にはできないことでしょう。その意味で日蓮自身が民を救う情熱に溢れていたと言うことは可能かもしれません。
けれど私が着目しているのは、あくまで民を救う方法論が日蓮にあっては国家でしかなかったという点なのです。



日蓮在世中に結成された「大師講」は武家とその女房たちの組織です。天台智顗の命日に講を開き、弟子たちには図をもって教判を示しました。相手は文字の読めるものたちであり、日蓮は民衆など相手にしていません。日蓮自身が農民百姓などの最下層の民衆と交流していた形跡は遺文中に少しも見ることはできません。



今、必要な理解は、日蓮自身が民の救済のために国家の宗教を法華経とすることによって平和楽土を建設しようとしたこと、そして日蓮の方法論があくまで国家の法華経への帰伏にあったということです。
この日蓮の国家観は近代の国柱会や田中智学らに引き継がれ、国立戒壇として理解されました。


創価学会は昭和40年代に入り「民衆立の戒壇」ということを言い出します。それならそれでも別に構わないのですけど、それなら日蓮思想の時代的な制約や限界について率直に認め、その上で日蓮思想を補完するという名目で創価学会が独自に民衆仏法みたいなものを考えればよいのです。それをあたかも日蓮の思想中に「民衆仏法」のエレメントが最初から存在したかのように語るのは所詮欺瞞であり、自分たちの教義のために上手に日蓮を利用している浅ましい姿としか私の目には映じません。


素直に日蓮遺文を読めば、それは否が応でも必然的に国立戒壇のような思想になります。それこそが日蓮が目指した平和社会の理想の姿であり、その日蓮の方法論の誤りにきちんと目を向けて批判すべきは批判すべきなのだと私は思います。