気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

自らをよりどころにすること、疑いを持つこと、そして相互理解の精神のこと。

 
 
いつもみなさん、ありがとうございます。

 
さて今回は仏教の入門書として、ワールポラ・ラーフラ著の『ブッダが説いたこと』(今枝由郎訳、岩波文庫、2016年、原著1959年)から、内容を少し紹介してみたいと思います。
 
著者のワールポラ・ラーフラ(1907〜1997)氏はスリランカ出身の学僧で、スリランカで伝統的な僧侶教育を受けた後、代表的な僧院の要職を歴任。セイロン大学に入学、ロンドン大学優等学士号を受け、セイロン仏教史に関する論文でセイロン大学哲学博士号を取得します。その後、インドのカルカッタ大学に学び、その後パリで20世紀最大の中国学・仏教学研究者ポール・ドゥミエヴィル(1894〜1979)に師事し、近代的仏教研究を学ぶことになります。この時に書かれたのが本書です。
彼はその後、アメリカ・イリノイ州のノースウエスタン大学の歴史・宗教学教授に任命されます。テーラワーダ仏教上座部仏教)のみならず、マハーヤーナ仏教(大乗仏教)の諸経典にも精通した学僧です。
 
 
気になった方は本書を手に取ってぜひお読み頂けるとよいかもしれません。少し長い引用になりますが、丁寧に一つ一つ読むことで、本来の釈迦の教えがいかなるものか、わかるのではないかと思います。
 
ブッダによれば、人間存在こそが至高である。人間は自らの主であり、それより高い位置から人間の運命を審判できる[神のような]存在や力はない。
「自らが自らのよりどころであり、自分以外の誰をよりどころとすることができようか?」
ブッダは述べた。
ブッダは弟子たちに「自らが自らのよりどころとなり」、けっして他人を頼らず、他人から助けを求めないようにと諭した。彼は、人間は自らの努力と知性によってあらゆる束縛から自らを自由にすることができるのだから、誰であれ自分を啓発し、自分を解放するようにと教え、励まし、刺激した。
ブッダは言った。
「あなたたちは、自ら歩まなくてはならない。タターガタ【真理を発見したもの】はその道を示すにすぎない」
もしブッダが「救済者」と呼ばれるとすれば、それはブッダが解脱すなわちニルヴァーナに至る道を発見し、提示したという意味においてでしかない。道は私たち一人ひとりが自ら歩まねばならないのである。
 
ブッダが弟子たちに自由を認めたのは、この自己責任性の原則に基づいてであった。ブッダは『マハーパリニッバーナスッタ』[大般涅槃経]のなかで、自らがサンガ【教団】を統率したり、サンガが彼を頼るといったことは考えたこともない、と述べている。ブッダはまた、握ったこぶしの中に隠されたものは何もない、すなわち隠しごとは何もない、と言っている。
ブッダが認めた思想の自由は、他の宗教では例のない寛容さであるが、この自由こそ必要不可欠なものである。なぜならブッダは、自己解放は人が自ら真理を実現することによって得られるものであり、神あるいは外的な力から従順な善い行いに対する報いとして与えられるものではない、と考えていたからである。
 
ブッダはあるときコーサラ王国のケーサプッタという村を訪れた。この村の住民はカーラーマと呼び習わされていた。村民はブッダが村にやって来たと聞き、彼の許に集まって、こう告げた。
「師よ、さまざまな修行者やバラモンがケーサプッタを訪れます。彼らは自らの教義だけを説明し、明確にし、他の教義を軽蔑し、糾弾し、侮ります。そのあとで、また別の修行者やバラモンが訪れ、同じように、自らの教義だけを説明し、明確にし、他の教義を軽蔑し、糾弾し、侮ります。しかし師よ、私たちは、こうした尊い修行者やバラモンのうち誰が真実を語り、誰が偽りを語っているのかわからず、いつも戸惑っています。」
それに対して、ブッダは次のような助言を授けたが、これは宗教史上唯一の例外的なものである。
「カーラーマたちよ、あなたたちが疑い、戸惑うのは当然である。なぜなら、あなたたちは疑わしい事柄に疑いを抱いたのであるから。カーラーマたちよ、伝聞、伝統、風説に惑わされてはならない。聖典の権威、単なる論理や推理、外観、思弁、うわべ上の可能性、「これが私たちの師である」といった考えに惑わされてはならない。そうではなく、カーラーマたちよ、あなたたちが自分自身で、忌まわしく、間違っており、悪いと判断したならば、それを棄てなさい。あなたたちが自分自身で、正しく、よいと判断したならば、それに従いなさい。」
ブッダはさらに、修行者は、自らが師事する人の真価を十分に得心するために、ブッダ自身のことさえも吟味すべきである、と言っている。
ブッダの教えによれば、疑いは真理を明確にし、精神的に進歩するための「五つの妨げ」(※1)の一つである。しかしながら疑いは「罪」ではない。というのは、他の宗教で考えられているような罪は、仏教には存在しないからである。すべての悪の根源は無知であり、誤解である。疑問、戸惑い、ためらいがある限り、進歩できないのは否定できない事実である。そしてまた、ものごとが理解できず、明晰に見えない限り、疑問が残るのは当然である。それゆえに本当に進歩するためには、疑問をなくすことが絶対に不可欠である。そして疑問をなくすためには、ものごとを明晰に見ることが必要である。
疑わずに、信じるべきであるというのは、的を射ていない。ただ単に「私は信じる」というのは、本当にものごとを理解し、ものごとが見えているということではない。たとえば数学の問題を前にした生徒が、ある時点で、それ以上どう進んでいいかわからなくなり、疑問が生じ、戸惑うことがある。彼に疑問がある限り、彼は先に進めない。先に進みたければ、彼は疑問をなくす必要がある。そして、疑問をなくす方法は一つではない。ただ単に「私は信じる」あるいは「私は疑わない」というのは、問題を本当に解決することにはならない。理解することなく、自らに無理強いして何かを信じたり、受け入れたりすることは、政治的にはよくても、精神的に、あるいは知的にはよくない。
ブッダはたえず疑問をなくすことを心がけた。死の直前になっても、ブッダは弟子たちに向かって、あとになって疑問が晴らせなかったことを悔いることがないように、今まで自分が教えたことに関して何か疑問があるかどうかを質した。しかし、弟子たちは黙して答えなかった。そのときのブッダのことばは感動的である。
「弟子たちよ、そなたたちはもしかしたら、師への敬意ゆえに質問しないのかもしれない。もしそうなら、それはよくないことだ。友人に問いかけるように質問するがいい。」
 
(中略)
紀元前三世紀にインドを支配した偉大な仏教王アショーカは、この寛容と相互理解の崇高な手本に倣って、広大な帝国内のすべての宗教を尊重し援助した。今日も現存する石碑の一つには、次のように記されている。
「人は自らの宗教のみを信奉して、他の宗教を誹謗することがあってはならない。そうではなくて、他の宗教も敬わねばならない。そうすることにより、自らの宗教を成長させることになるだけではなく、他の宗教にも奉仕することになる。そうしなければ、自らの宗教の墓穴を掘り、他の宗教を害することになる。自らの宗教のみを崇め、他の教義を誹謗する者は、自らの宗教に対する信心から「自分の宗教を称えよう」と思ってそうする。だが実際には、そうすることで自らの宗教をより深刻に害している。それゆえに、和合こそが望ましい。誰もが、他の人びとが信奉する教えを聴こう、聴くようにしよう。」
この共感的相互理解の精神は、今日宗教の分野に限らず、他の分野においても適用されるべきである、と付け加えておこう。
この寛容と相互理解の精神は、仏教の最初期からそのもっとも大切な思想の一つである。二千五百年という長い歴史を通じて、人びとを仏教に改宗させ、多くの信者を得て伝播していく過程で、一度たりとも弾圧がなく、一滴の血も流されなかったのは、まさにこの思想のおかげである。仏教は平和裡にアジア大陸の至るところに広がり、現在五億人以上の信者を擁している。いかなるかたちの、いかなる口実の下の暴力も、ブッダの教えに背くものである。」
(ワールポラ・ラーフラブッダが説いたこと』今枝由郎訳、岩波文庫、26〜33ページ、2016年、原著1959年)
 
【 】内のみブログ筆者が本書注記より補筆しました。
 
 
 
いかがでしょうか。創価学会日蓮正宗、また顕正会のような大石寺系教団の信者さんは、いかに自分たちの教えが、釈迦の教えからかけ離れているのか、本文からよく読み取れるのではないでしょうか。
またこの本の内容については、示唆深いところがいくつもありますので、ブログで紹介していきたいと考えています。
 
 
 
 
 
(※1)
ここで述べられた「五つの妨げ」とは本書では、①感覚的欲望、②悪意、③肉体的・心的無活力と沈滞、④落ち着きのなさと不安、⑤疑い、の5つとされています。