気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

歎異抄を読む

 

 

 

いつもみなさん、ありがとうございます。

 

 

 

私が最近、親鸞の著作を読んでいて、念仏思想に接近しているのは、このブログ読者の方なら多くがご存じのことかもしれません。

親鸞の『歎異抄』を読んでいて、最初に衝撃的だったのは、次のような一節に出会ったことです。

 

 

 

「をのをの十余ヶ国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちをとひきかんがためなり。しかるに、念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておはしましてはんべらんは、おほきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にも、ゆゆしき学生たち、おほく座せられてさふらふなれば、かのひとびとにもあひたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞にをきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおほせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土にむまるるたねにてやはんべるらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらふ。そのゆへは、自余の行をはげみて仏になるべかりける身が、念仏をまうして地獄にもおちてさふらはばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔もさふらはめ、いづれの行をもよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈、虚言したまふべからず。善導の御釈まことならば、親鸞がまうすむね、またもてむなしかるべからずさふらふ歟。詮ずるところ愚身の信心にをきては、かくのごとし。このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからひなりと、云々。」

(金子大栄校注『歎異抄』、42~43ページ、岩波文庫、1931年)

 

 

 

文章を読んで、親鸞の弟子たちには「念仏は地獄の業である」とする説に戸惑う者も多かったことが推察できます。それはともかくとして、私が驚いたのは、「念仏が地獄の業であるか否か」と質問された親鸞の答えは「知らない」(存知せざるなり)と答えていることです。

親鸞の言葉には一切の虚飾がありません。弥陀の本願とは「いづれの行も及びがたき身」の私たちのために発起せらるるもので、そもそもの最初から親鸞は自身の見解とか解釈というものを持つことを放棄し、裸の人間として振る舞っているように私には思えます。

さらには「師の法然に騙されても構わない」とし「いかなる仏行もかなわない愚かなるおのれの身なれば、地獄は一定」「それであるならば、弥陀の本願を信じる」ということ。自分自身が仏道に適う身ではないとさらりと述べてしまうところが、親鸞らしいなあと感じてしまいます。

 

 

 

続いて次のような文章に出会いました。

 

 

 

「専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子相論のさふらふらんこと、もてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたずさふらふ、そのゆへは、わがはからひにて、ひとにまふさせさふらはばこそ、弟子にてもさふらはめ、ひとへに弥陀の御もよほしにあづかて念仏まうしさふらふひとを、わが弟子とまうすこと、きはめたり荒涼のことなり。つくべき縁あればともなひ、はなるべき縁あれば、はなるることのあるをも、師をそむきて、人につれて念仏すれば、往生すべからざるものなりなんどいふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信心を、わがものがほにとりかえさんとまうすにや、かへすがへすもあるべからざることなり。自然のことはりにあひかなはば、仏恩をもしり、また師の恩をもしるべきなりと、云々。」

(同51ページ)

 

 

 

ここで親鸞は自身が師匠になることを否定しています。自分についてくるもよし、離れるもよし、そのどちらも認めています。他者に何かを教えようとか伝えようとかする私心が全くない。ただおのれはおのれの信じる道を進んで弥陀の本願にすがるだけとしているのです。

創価学会大石寺系教団は、やたら師弟関係を強調します。創価学会なら池田大作氏が教義的に「永遠の師匠」となっていますし、大石寺だったら法主が「手続ぎの師匠」ですし、また所属寺院の住職も「手続ぎの師匠」の一分にあたります(『大百法』平成13年6月16日、教学用語解説他)。顕正会でしたら「無二の師匠」は浅井昭衛氏になるはずです。

しかしながら「親鸞は弟子一人ももたずさふらふ」と述べています。親鸞にあっては信心は自分の力によって起こすものでもなく、また自分の力によって他者の信心を起こすことでもなかったのだと思います。つまり信心は如来の働きによって起こるもので、そして弥陀の本願の前で自分たちは単なる煩悩具足の凡夫に過ぎない、そのことを親鸞は徹底して自覚しているのでしょう。だからこそ彼は「自分は一人も弟子を持たない」と言い切り、自身も後進もまたともに仏道を学んでいく同朋であると考えているのだと思います。

 

 

 

「念仏まふしさふらへども、踊躍歓喜のこころ、をろそかにさふらふこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのさふらはぬは、いかにとさふらふべきことにてさふらふやらんと、まうしいれてさふらひしかば、親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天におどり、地におどるほどに、よろこぶべきことをよろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもひたまふべきなり。よろこぶべきこころををさえて、よろこばせざるは煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおほせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へいそぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転する苦悩の旧里はすてがたく、いまだむまれざる安養の浄土はこいひしからずさふらふこと、まことによくよく煩悩の興盛にさふらふにこそ。なごりおしくおもへども、娑婆の縁つきて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまいるべきなり。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあはれみたまふなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じさふらへ。踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へまいりたくさふらはんには、煩悩のなきやらんと、あやしくさふらひなましと、云々。」

(同54~55ページ)

 

 

 

弟子の唯円が「浄土を信じて念仏を唱えているけれど、歓喜の心も湧いて来ないし、浄土への思慕の思いも薄い。これはどうしたことか」と親鸞に尋ねると、なんと親鸞は「自分も同じだ」と答えます。喜ぶべきものを喜べないのは煩悩の所為であり、浄土への思慕がわかないのは現世への執着が残っているからだと彼は述べます。

そこにこそ煩悩具足の人間の現実がある。親鸞の言わんとしていることは「その現実を見ろ」「そのような愚かな自分であることを認めるべきだ」ということなんですね。だからこそこの節の末尾で親鸞は「歓喜の心もわいてきて、急いで浄土に行きたいなどという人が出たら、煩悩のない人なのかと怪しく思うべきだ」と述べてさえいます。

校注者の金子大栄はここの解説で以下のように述べています。

 

 

 

「念仏はわれらを恍惚の境に導くものではない。現実の自身に眼覚めしめるものである。信心は浄土のあこがれにあるのではない。人間生活の上に大悲の願心を感知せしめるにあるのである。」

(同56ページ)

 

 

 

大石寺系教団の題目を唱えている人たちの多くが、一種のトランス状態のようになっているように私には思えてきます。

それに比して、親鸞の自身を見る眼差しこそ、今の私に必要なものだと改めて感じます。

私の言葉で言い換えれば、宗教の意義とは私たちを恍惚の境地に導くものなのではなく、剥き出しの自分の弱さと罪深さに覚醒することにあると言えるのではないでしょうか。