気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

徒然なるままに。






いつもみなさん、ありがとうございます。



私は活動家時代、自分の組織の部員さんが大好きでした。正直に言うと上の幹部は好きではなかったです。
私は活動家だった頃、部員さんと集まってワイワイ楽しく話すのが好きでした。皆で焼肉を食べたこともあります。ファミレスで安くお酒を飲んで遊んだこともたくさんあります。


私は創価学会の活動をしていた関係からか、家族関係が疎遠でした。母は兄弟たち(私から見れば叔父や叔母たち)から疎んじられ、避けられていました。父は若い頃に郷里を離れて東京にやって来て入信しました。父の関係の親族と私はほとんど会ったことがありません。


私は幼い頃、母が家族から蔑まれ、侮蔑されてきたのをこの目で見てきました。
ですから、私は母が好きだったし、母を大切にしたいと思っていました。
と同時に、私は自分の組織の部員さんと家族のように付き合いたいといつも考えて行動してきました。できていたかはどうかは知りませんが、そんなつもりでやってたのは事実です。単なる自己陶酔もあったのかもしれないとは思いますけどね。


創価学会は社会から蔑まれてきた人たちを拾い上げる団体だと私は信じていました。
そして昭和30年〜60年代まで、創価学会の地域組織はそのような社会のセーフティネットのような役割を果たしていたのかとも思います。


そのような夢を抱いて、組織のために挺身される活動家がいることを私はよく知っています。
しかしながら、もはや創価学会はそのような社会的弱者を拾い上げる歴史的な役割を終えてしまったのかと思っています。


昭和の時代は高度経済成長とリンクしています。つまり豊かになることが幸せであった時代です。戸田会長時代もそのような現世利益的な信仰を強調し、御本尊を「幸福製造機」とまで言い切りました。また後の池田氏も現世利益を強調していたかと思います。


しかし社会のニーズがもはや現代では多様になりました。長引く経済不況で収入が上がる見通しも持てず、世界的に類例のない早さで進む高齢化は生産者人口の減少を引き起こします。どういうわけだか、私も活動家だった2001年頃から組織内に鬱病パニック障害の症状を訴える方が増えるようになりました。


男子部の活動家でも若い人ほど非正規雇用の方が増え、就職が決まらない方も増えました。独身のまま壮年部に移行しても非正規のままです。当然ながら独身の方がほとんどでした。


私は貧しい人たち、蔑まれてきた人たちとともに楽しく暮らしたいと思い、創価学会の活動を熱心にやっていました。


プラセボ効果」という言葉があります。本来なら薬効として効く成分が入っていないにも関わらず、その偽薬を飲んで思い込みから症状が改善されたり治癒したりする現象です。
当時の創価学会は自分たちの信仰をひたすらに信じていたんでしょうね。だから御秘符みたいのを飲んで題目唱えたら病気が治ることもあったのでしょう。


つまり信じる力が強かった。だからこそ創価学会に求心力があり、会員数が爆発的に増えた。
しかし時間が経ち、創価学会の教義の偽善に気づいてしまうと信じる力がなくなってきます。
「どこかに真実の教えがあるに違いない」と思った人が例えば大石寺の欺瞞教義に近づいたりします。けれど大石寺の教義もまた後世に作られたものが多く、日蓮の教えとも日興の考えとも相違していると思います。



つまり「信じるに足るかどうか」ということです。もはや現在の大石寺創価学会も「信じるに足る」教団ではないということであり、その歴史的な役割をすでに終えているということかと思います。
そうでないというなら、なぜ会員数が頭打ちで増えないのか、なぜ会員が高齢化するばかりで、青年層がいなくなってしまったのかということです。


今の私は「願いがなんでも叶う御本尊」など必要としていません。
私が信仰に意義を見出しているのは、自分自身の生き方です。自分の人生に対する、また他者に対する姿勢です。
ありのままの自分を受け入れ、他者を受け入れ、共に生きていく、そういう信仰であれば今の私はどんな信仰であっても否定をしません。
お互いの相違を尊重しあい、尊敬できる、そのことの方が大切であって、そのために何か固定化された本尊が必要だとも思いませんし、教団が必要とも考えません。