いつもみなさん、ありがとうございます。
さて読者のみなさんは日蓮遺文で『華果成就御書』と言うものをご存知でしょうか。創価学会では特に師匠と弟子、師弟の深さを示す時によく用いられる御書ですが、「よき弟子をもつときんば師弟仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり」(創価学会旧版御書全集900ページ)という文でよく知られているかと思います。

ところで、日蓮が師の道善房を讃えた『華果成就御書』ですが、これは後世の偽作とされています。
しかしながらこの御書は、他の日蓮真蹟御書と内容を対照すると矛盾の生じることがよくわかるのです。
さて内容を見てみましょう。この御書の冒頭では建治2年に清澄寺の浄顕房・義浄房らに2つの御書(「二札」ここでは『報恩抄』と『報恩抄送文』のこと)を送った際、『同送文』でお願いしたように「嵩が森」(「山高き森」)で読んでくれたことを感謝しています。ですからこの御書は『報恩抄』に関連して浄顕房・義浄房に送られた御書であることがわかると思います。
そしてこの御書では日蓮自身が法華経の行者として「日蓮房・日蓮房」とうたわれることは師匠である道善房のおかげであるとし、日蓮の法華経の行者としての功徳は必ず師匠の道善房の身に帰すであろうとし、日蓮自身を上行菩薩に喩える代わりに師匠を安立行菩薩に喩えて讃えています。最後には師弟一体となった成仏の有り様を述べて、この御書は終わります。
まずその『報恩抄』(真蹟身延曽存、池上本門寺他に断簡が散在)で師匠の道善房について語られた部分を引用してみましょう。
「故道善房はいたう弟子なれば日蓮をば・にくしとは・をぼせざりけるらめども・きわめて臆病なりし上・清澄を・はなれじと執せし人なり、地頭景信がをそろしさといゐ・提婆・瞿伽利に・ことならぬ円智・実成が上と下とに居てをどせしをあながちにをそれて・いとをしと・をもうとしごろの弟子等をだにも・すてられし人なれば後生はいかんがと疑わし」
(『報恩抄』同御書323ページ)

日蓮はここで師匠の道善房に対して「きわめて臆病なりし」「後生はいかんがと疑わし」とまで述べて師匠の道善房の成仏を疑っているのです。まして引用の前段では日蓮は「目連も母を救えず、母は餓鬼道に堕ち、釈迦の子とされる善星比丘でさえも阿鼻地獄に堕ちた」ことを挙げて「自業自得果のへんは・すくひがたし」とまで手厳しく述べ、道善房の成仏を疑っています。
次に『本尊問答抄』(真蹟不存、日興写本が北山本門寺現存、日源写本が静岡実相寺現存)で師匠の道善房について書かれた部分を引用してみます。
「故道善御房は師匠にておはしまししかども法華経の故に地頭におそれ給いて心中には不便とおぼしつらめども外にはかたきのやうににくみ給いぬ、後にはすこし信じ給いたるやうにきこへしかども臨終にはいかにやおはしけむおぼつかなし地獄まではよもおはせじ又生死をはなるる事はあるべしともおぼへず中有にやただよひましますらむとなげかし」
(『本尊問答抄』同373ページ)

ここで日蓮は師匠の道善房に対して、その成仏さえ懸念しています。地獄に堕ちることまではないとしても、道善房の霊は生死を離れることができず、中有の状態となって彷徨っているとではないかとさえ日蓮は述べ、「嘆かわしい」とさえしています。
『報恩抄』『本尊問答抄』を読めば、道善房を安立行菩薩に喩えて師弟ともに仏果に至るとする『華果成就御書』は、とても同一人物の述作と考えられません。しかも『報恩抄』は真蹟現存、『本尊問答抄』は日興写本現存の遺文であり、『華果成就御書』のみ真蹟不存です。
したがってこの『華果成就御書』は真蹟と対照し、その内容から見れば後世の偽作とするのが自然なことであると思います。
参考文献
山上弘道『日蓮真蹟解題集成』興風談所、令和5年


















