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創価学会の非活メンバーによる語り

法華垂迹天照大神宮のこと。







いつもみなさん、ありがとうございます。
本日の記事は、日興門流における、天照大神八幡大菩薩の考えについてです。



ところで、北山本門寺の本堂の裏には、日興が永仁6年(1298年)2月に建立した「本化垂迹天照大神宮」というものが存在します。
つまり日興自身が重須に神宮を建てているのです。


で、これについて北山本門寺に伝わる『本門寺棟礼』では「国主此の法を建てられるの時」「三堂一時に造営する也」とされています(『日蓮正宗歴代法主全書』1-88ページ)。
つまり北山本門寺の教義では天下一同法華経信仰の時に至って本化垂迹天照大神宮に神が宿る、そのための建物と考えられているようです。


当時、日興自身がここ重須に神宮を建立したことは、大石寺9世日有も認めています。


「日興上人の時、八幡の社壇を重須に建立あり内には本尊を懸けらる、是レは本門寺の朽木書と云云、今の義にあらず、天下一同の法花経信仰の時は当宗の鎮守は八幡にて在す(まします)べし云云」
(『有師化儀抄』富士宗学要集1-74ページ)


一読すればわかる通り、日有もまた北山に神宮が日興によって建立されたことを認めています。またその意義についても現在の北山本門寺の述べる本化垂迹の教義と基本同様のことを述べています。


ところで、神社参詣行為を"謗法"として禁じているはずの大石寺にも、かつては八幡大菩薩天照大神を祀った「天王堂」「垂迹堂」が存在していたことがわかっています。
それは大石寺59世堀日亨氏の以下の発言からです。



「又神社なき地に新寺を建立したるときは、更に其縁由の神を勧請して・垂迹の宮を建つ、日蓮宗殊に本宗には天照大神御神・八幡大菩薩を勧請すること、近時まで在りし吾本山の天王堂垂迹堂の例」
(堀日亨『有師化儀抄註解』富士宗学要集1-158ページ)



つまり神社の無い土地に新しく寺を建立した時は、その由縁の神を勧請して垂迹堂を建立することは大石寺の元々の教義にも普通にあったことで、実際に堀日亨氏の発言によるなら近年まで大石寺には天照大神八幡大菩薩を祀った「天王堂」「垂迹堂」も北山本門寺と同様に存在していたということです。