気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

御本尊の写真撮影。

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いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は御本尊の写真撮影についてです。



大石寺系教団は「御本尊を写真に撮るのは謗法」と教えられます。
ですから私も活動家時代、御本尊の写真集などを見るのを忌避したものです。私の場合、広宣部のメンバーとして活躍する中で、様々な御本尊写真を見る必要に迫られ、少しずつ固定観念がとれていきました。


もともとは大石寺では御本尊を写真に撮ることを「謗法」とはしていませんでした。
例えば冒頭の画像を見てほしいのですが、これは柳澤宏道の『石山本尊の研究』(はちす文庫)に載る写真で、これは『大白蓮華』81号(昭和33年2月)の転載です。


御本尊の前で講義をしているのは紛れもなく戸田城聖であり、左で下向きの横顔で映っているのが池田大作氏でしょう(ちなみに池田氏の右にいる人物は龍年光氏かと思います)。
この写真に載る御本尊は大石寺64世水谷日昇によって書かれた「学会常住本尊」です。まだこの時は板に模刻されていません。


こんな風に普通に学会の機関誌に御本尊の写真は掲載されていました。他にも聖教新聞61号には貞明皇后授与の本尊の写真が掲載されたことなどもありました。大石寺からこれらの写真撮影について少なくとも当時は何も否定していません。



例えば明治44年発刊の熊田葦城『日蓮上人』には戒壇本尊の写真が掲載されていますが、これについて細井精道(後の大石寺66世細井日達)氏は次のように述べています。



「熊田葦城氏の『日蓮上人』の初版に掲載されているというが、此れは某信徒が葦城氏と相談して写真を出したならば世間に知らしめて非常に効果があると考えて大石寺に願ってやったことである。
しかるに効果どころか甚だ面白くない結果となったので、その掲載を禁止したのである。」
日蓮正宗布教会編『悪書板本尊偽作論を粉砕す』11ページ、大日蓮編集室、昭和31年9月30日)


ちなみにこの中の「某信徒」とは後に法華講総講頭となった由井一乗氏とされています。
ここでの細井日達氏の言葉によるなら、戒壇本尊の写真撮影の許可も禁止も大石寺の判断で行なっていたことになります。



つまり大石寺では御本尊を写真に撮ることは最初から禁じられていたわけでもなかったのです。少なくとも昭和30年代くらいまでは本尊の写真撮影に関して全く問題がありませんでした。とすると、なぜ後年になって突然「本尊を写真に撮ることは謗法」などと言い出したのか、何かの意図を私などは感じます。