気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

『下山御消息』の遺文の状態。






いつもみなさん、ありがとうございます。




さて先日、日蓮の真蹟についての記事をあげてみましたが、真蹟の一覧をあげるだけと思っていたら、ことのほか大変な作業でその膨大さに改めて唖然とさせられました。
その意味ではもう一度、遺文を一つ一つ丹念に読むことの重要性も再認識したような気がします。問題提起、質問頂いた読者の方に感謝します。ありがとうございます。



さて今日はその真蹟の中でも特に気になっている遺文について考えてみたいと思います。その一つが『下山御消息』です。
多くの方もご存知のように、この『下山御消息』は十大部の一つとして知られています。



ところが、『下山御消息』の遺文の状態を見ると、大変な有様であることがわかります。
実は同抄は全体の70〜80%の遺文が失われており、残された遺文は32枚の紙片になり、その一つ一つが各地にバラバラに散在しているという状態なのです。


具体的に32枚の真蹟がどこにあるのか、一覧を挙げてみます。


1、小湊誕生寺
2、静岡光長寺
3、京都妙伝寺
5、静岡個人蔵
6、静岡光長寺
7、京都本満寺
8、京都本圀寺
9、京都本圀寺
10、大阪成正寺
11、静岡本興寺
12、千葉妙興寺
13、滋賀妙孝寺
14、東京個人蔵
15、大阪久本寺
16、大阪個人蔵
17、東京善立寺
18、京都個人蔵
19、大阪妙徳寺
20、京都本圀寺
21、京都妙満寺
22、京都妙満寺
23、佐賀個人蔵
24、山梨妙法寺
25、静岡個人蔵
27、千葉長福寺
28、山梨遠光寺
29、千葉成就寺
30、千葉妙興寺
31、京都本圀寺
32、千葉長福寺




中尾堯氏の研究によれば、日蓮滅後に門流間で当時正統性を巡って遺文や曼荼羅の奪い合いが起こっていたとされますが、『下山御消息』のこの遺文の状態は、さながら門流間の奪い合いがあったかのような様子を彷彿とさせる気がします。
それが仮に私の単なる妄想に過ぎなかったとしても、少なくとも遺文の状態が各地に散在し、その大部分が失われている今日では、『下山御消息』の全体の内容について、軽々に全文を安易に信ずることは留保することが自然なことのように思えます。