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「日蓮は民衆仏法ではない」
民衆が嘆いている、だからこそ国主にはするべきことがあるはずだ、とるべき教えがあるはずだという視点が日蓮にはありますが、民衆中心の仏法であるとは言い難いと私は思います。日蓮が考えていたのは徹頭徹尾、国家と武家社会の問題であり、民衆など相手にはしていないのです。
加えて今回指摘したいのは「土民」という用例です。
「如何に国王と云うとも言には障り無し己が舌の和かなるままに云うとも其の身は即土民の卑しく嫌われたる身なり」
(『諸宗問答抄』創価学会版御書380ページ)
『諸宗問答抄』は真蹟不存ですが、西山日代の写本(1391年)が現存します。
これを読むと、日蓮が「土民」の意味を「卑しく嫌われたる身」と考えていたことがわかります。
他にも「土民」の用例は私の知る限り『開目抄』『立正安国論』『法華取要抄』『滝泉寺申状』『曽谷入道殿御書』に見られます。『開目抄』のみ身延曽存ですが、残りは全て真蹟現存の御書です。
「故に上国王から下土民に至るまで皆経は浄土三部の外の経無く仏は弥陀三尊の外の仏無しと謂えり。」
(『立正安国論』同23ページ)
「所詮天下泰平国土安穏は君臣の楽う所土民の思う所なり」
(『立正安国論』同26ページ)
「夏の傑・殷の紂と申すは万乗の主・土民の帰依なり」
(『開目抄』同204ページ)
「其の上各各に経律論に依り更互に証拠有り随つて王臣国を傾け土民之を仰ぐ」
(『法華取要抄』同331ページ)
「而るを今年佐渡の国の土民は口々に云う」
(『法華取要抄』同336ページ)
「将た又尫弱なる土民の族・日秀等に雇い越されんや」
(『滝泉寺申状』同852ページ)
(『曾谷入道殿御書』同1024ページ)
「土民」とは文字通り「土着の民」という意味ですが、上の引用を読めばわかるように、ここで日蓮は「国王」とは身分の違う卑しい身として「土民」という語を使っていると考えられます。
このことから考えても、日蓮の思想に「民衆仏法」のような要素があったとは言えないと私は思います。