気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

自身の加担した過去の反省。






いつもみなさん、ありがとうございます。





さて創価学会を批判するブログを見て回ると、一つの傾向が感じられます。
それは

「私は創価学会の被害者であり犠牲者だ」
創価学会は加害者だ」
「だから創価学会は非難されて然るべきだ」

という論調です。


どんなことを論じても自由ですけど、私自身はもともと創価学会のバリバリの活動家でした。
ですから私はかつて加害者だったのです。そして私自身は創価学会の組織に則って散々に他宗を非難して口汚く罵ってきました。
私自身が創価学会の偽善を見抜くことができず、大石寺教学の欺瞞にも気づくことができませんでした。
私のブログの記事は、自身がそれらに加担してしまった、創価学会大石寺のような欺瞞の多い教義に加担してしまった、その反省の上から総括の意味で書かれています。



自分が絶対的に正しくて、悪いのは全て他者であるという考え方は、子どもの議論とさして変わらないと私は思います。
私はそのような一部の創価学会大石寺信徒の持つ、一種稚拙な精神構造に与したくないのです。
かつて自身がそうであったことを私は否定しません。だからこそそういった精神構造であったことを痛烈に反省し、自身を総括していきたいのです。


このブログをお読みの方の一人でも多くの方が、誰かを悪者にして自分が犠牲者であると主張する、そういう姿勢から脱却されることを強く願っています。
創価学会大石寺を悪者にして単に非難するだけなら、精神構造的には他宗を悪者扱いする創価学会大石寺の独善的な姿勢となんら変わるところはないと思います。