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創価学会の非活メンバーによる語り

昭和54年の会長辞任の責任。




いつもみなさん、ありがとうございます。
さてこのブログでは以前、昭和54年の池田会長辞任の責任についていろいろ書いてみました。

「昭和54年の辞任問題」


この中で、私は「昭和54年の池田会長辞任については、明確に池田会長本人に大石寺教学から逸脱の責任がある」ということを書いています。


ところで、池田会長が辞任して名誉会長になってから、このことに関して池田名誉会長自身が聖教新聞紙上できちんと述べている文章があります。これは昭和55年4月2日の聖教新聞に掲載された「恩師の二十三回忌に思う」という文章です。
今回はこの文章を引用したいと思います。全文は長文のため、部分的にいくつか重要と思われるところを取り上げてみましょう。



しかしながら、創価学会が急速に拡大し、膨大化した結果、とくに近年、現実社会の対応に目を向けるあまり、信徒として、もっとも大切な御宗門との間に、さまざまな不協和を生じてしまったことは、まことに残念なことであります。この間の問題について、当時、その責任の立場にあった私として、懺悔すべきは懺悔し、真情は真情として述べさせていただきたいと思うのであります。」


近年の宗門との問題が、昭和47年、正本堂建立以降の、学会の広布第二章の進み方の基調と、そのうえで、私が展開した昭和52年の一連の指導に、発端の因があったことは事実であります。」


この時期、私の念頭にあったのは、広宣流布の拠点として、会員の要望に応える会館の整備でありました。第二には、在家団体としての基盤確立であり、新しい布教活動のために、社会と時代に開いた教学の展開でありました。第三に、21世紀のために、文化、平和に責献する基礎をつくることでありました。

いわば、広宣流布に向かう在家の社会における宗教的役割と理念を、明確にして進んだのであります。それは、現代の宗教に対する期待に応えたかったからでもあり、それがひいては、より大勢の宗教に無知な人々を、日蓮正宗に誘引できる方途と信じたからにほかなりません。

とくに52年においては、現実社会のなかで、仏法を弘通する在家としての使命と自覚を、仏法史に照らし、御書に照らして強調したのであります。この一連の指導を通して広宣流布を推進するためにも、かつ、社会のなかで主体性をもつ創価学会の在家団体の側面を理念化したのであります。」


それだけに、御宗門に対しては、これだけ広布に挺身してきた会員を見下したり、隷属させるのではなく、温かく慈悲をもって見守ってほしいと、厳しく直言させていただいたこともあります。

しかし、そのなかには、たしかに創価学会中心主義的な独善性もあり『学会が主、宗門が従』というような状況もありました。その結果、宗門の一部御僧侶に、この方向が、学会が独立を企図しているのではないかとの疑念を生ぜしめ、また、会内にいわゆる『北條文書』などのような感情的な議論のあったことは、まことに申し訳なく思っております。

もとより日蓮正宗総本山を離れて、創価学会は、永久にありえないのであります。信仰の根本は、本門戒壇の大御本尊であり、創価学会は、それを民衆に知らしめる折伏の団体であるからであります。

私白身、この信仰の根本を一度たりともはずしたことは断じてないことを、大御本尊に警って申し上げるものであります。

ただ、私が、恩師の『創価学会の歴史と確信』の理念、方向性を実践した延長とはいえ、その深き意志も解せず、僧侶、寺院の役割を軽視し、その結果、御宗門に対し、主客転倒の風潮を生んだことは、我が身の信心未熟ゆえの慢と、大御本尊に心より懺悔申し上げるものであります。」


しかし、この難解な仏法をだれにでも分かりやすく説くために、いつのまにか、そのなかに安易な適用が行われたり、元意から遊離して勝手な展開が行われる等、いわゆる摧尊入卑のそしりを免れない恐れがあることは確かであります。

この点、御書の拡大解釈や逸脱については、すでに『6・30』(教学上の基本問題について)に指摘されております。ここで反省し、確認された事項は、今後とも絶対に踏み違えてはならない重要な規範であります。したがって、この徹底を怠ってはならないし、また、正宗の正法正義を正しく学んでいくことは、世々末代にわたる肝要と深く自覚しなければなりません。とともに、広宜流布のいっそうの推進のために、この正宗の法義、伝統を正しく踏まえたうえで、生活に、社会に、世界にと、碓信をもって、教学を展聞しゆくことは、私ども創価学会の使命であることを銘記して、進んでまいりたいのであります。」


このことについては、かつて私も『創価学会には、教祖も、唯一至上の絶対者などもいない。私も会員諸氏も、共に広宣流布をめざして進む同志である。(中略)すなわち日蓮正宗創価学会員にとって、唯一至上、絶対の尊厳は三大秘法の御本尊であり、他はすべて創価学会会長といえども、平等に末法衆生であり、凡夫である』と述べたとおりであり、同じことは、今までも数多くの会合で話してまいりました。

したがって、代々の会長を神格化などしてはなりません。とくに私は若くして第3代会長の任に就きましたが私などを絶対視してはならないし、かりそめにも、主師親の三徳とか、本門弘通の大導師といった表現を用いることは誤りであり、絶対にあってはならないことです

私自身、罪業深き、過ち多き身であることをよく知っております。『大荘厳懺梅』とあるごとく、日々、大御本尊に対し奉り強き信を持ち、三業を三徳に転しゆく修行であり、人生であらねばならないと肝に銘じ、深く謗法罪障消滅を御祈念し奉る日々であります。

また、今日の種々の問題も、私の指導性の不徳のいたすところであり、多くの会員信徒に多大なご迷惑をおかけし、ご心労をわずらわしたことについても、御本尊に深くお詫びの合掌をさせていただいている日々でもあります。」


池田大作「恩師の二十三回忌に思う」より抜粋。聖教新聞、昭和55年4月2日)




これを読んでわかるように、池田会長の辞任の理由は「僧侶の攻撃」ではなく「会長自身の大石寺教学からの逸脱」だったのです。

また「私などを絶対視してはならない」とし「代々の会長を神格化してはならない」と明言しています。

とするなら、現在の創価学会の根本教義である「三代会長を永遠の指導者」とすることはいったいどうなってしまうのでしょう。



池田会長の昭和54年の辞任はこれら昭和52年路線の総括であり、自分たちの教義逸脱を率直に認めた出来事であったはずです。

にも関わらず、これらの発言を全てないことにして「悪侶からの故なき攻撃」によって"辞任させられた"とする解釈は、かつての過去の発言を否定することになると私は考えます。