気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

曹洞宗は「不立文字」ではない。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は日蓮の禅批判についてです。



大石寺系信徒の方の多くがすでにご存知のように、日蓮は「教外別伝・不立文字」という禅の思想を批判します。



ところで、この「教外別伝・不立文字」とは多くが唐代の中国禅の教義なのであって、例えば日本曹洞宗道元に対する批判には当たりません。そもそも日蓮道元に関して一切言及をしていません。



道元は経文を否定するどころか、法華経を高く評価していまして、それどころか彼は『正法眼蔵』で摩訶迦葉への教外別伝の考えを否定しています。その証拠に日本曹洞宗では法華経如来寿量品と観世音菩薩普門品を読誦することで知られています。
日蓮はこの点に関して道元を知らなかった可能性が高く、遺文での道元への言及が一切存在しないのです。



加えて『蓮盛抄』と『聖愚問答抄下』に『大梵天王問仏決疑経』の引用がありますが、ここでは摩訶迦葉への教外別伝があったと禅を理解していますので、道元の教外別伝批判に関しては日蓮は恐らく知らないはずです(ただし両抄はともに真蹟不存。該当箇所は創価学会版御書では150ページと487ページ)。


つまり日蓮が禅を批判したのは間違いないのですが、その禅批判は道元曹洞宗には当たらないということです。まして江戸時代に日本に来た黄檗宗などについては日蓮が知り得るはずがありません。


仏教を知った気になって、他宗批判を展開する大石寺系教団の信徒は、禅のことをろくに知りもせず、十把一絡げの乱暴な論理で禅系信徒を悪し様に否定することさえ平気でできるのですが、そろそろその暴論の酷さを自覚した方が良いかと私などは思います。



追記:2018.1.6
『蓮盛抄』と『聖愚問答抄下』に『大梵天王問仏決疑経』の引用があることはよく知られていますが、実はこの引用が存在する日蓮の遺文は真蹟中には他に存在しません。従いまして両抄は古来より偽書説の可能性の高い御書ではあります。