気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

『立正安国論』で予言された災難は「爾前経」由来である。

 
 
 
いつもみなさん、ありがとうございます。
 
 
さて今回は日蓮の『立正安国論』における予言が『法華経』由来ではないということについて、少し書いてみます。
 
以前からとても気になっていたことなのですが、日蓮が『立正安国論』で「神天上の法門」を述べる際、その論拠として示されるのは実は『法華経』ではなく、法華涅槃時に当たらないいわゆる「爾前経」ばかりなのです。
 
「神天上の法門」とは『立正安国論』で述べられるのですが、正法が行われていない時、善神は法味に飢えて守るべき国土を捨て去り、そのため悪鬼がやってくるので、国に災難がやってくることを言います。この根本原因を説明するのに『立正安国論』で説明のために引用される経文が『金光明経』や『仁王経』『大集経』なのですが、日蓮はこれらの経典について自らの教判で「般若部」や「方等部」に配しているのです。
 
例えば「神天上の法門」について日蓮は『立正安国論』で『金光明経』を引用して説明しています。
 
「金光明経に云く「其の国土に於て此の経有りと雖も未だ甞て流布せしめず捨離の心を生じて聴聞せん事を楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の衆・持経の人を見て亦復た尊重し乃至供養すること能わず、遂に我れ等及び余の眷属無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ざらしめ甘露の味に背き正法の流を失い威光及以び勢力有ること無からしむ、悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん、世尊我等四王並びに諸の眷属及び薬叉等斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無けん、但だ我等のみ是の王を捨棄するに非ず必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん、既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし、一切の人衆皆善心無く唯繫縛殺害瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数ば出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし星流れ地動き井の内に声を発し暴雨・悪風・時節に依らず常に飢饉に遭つて苗実成らず、多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民諸の苦悩を受け土地所楽の処有ること無けん」已上。」
(『立正安国論創価学会旧版御書全集18ページ)
 
ところが、それに矛盾して『金光明経』は「方等部」「般若部」に配されると日蓮は考えており、「方等般若の金光明経」と述べられているのです(『開目抄』[身延曽存]同197ページ)。『立正安国論』で『金光明教』の扱いはそもそも「神天上の法門」の根拠そのものですが、その根拠となる筈の『金光明経』が「方等部」「般若部」扱いで、天台の五時八教判では爾前経の扱いに過ぎません。以下の画像を見てご確認ください。

 
さらに『仁王経』は「般若部」に組み入れられています(『一代五時鶏図』[真蹟西山現存]創価学会旧版御書全集626ページ、『一代五時継図』[真蹟不存]同667ページ)。
日蓮は『立正安国論』で『仁王経』の「七難」のうちの「悪賊難」が起こると予言していますが(同31ページ)、その根拠となる筈の『仁王経』を日蓮は「般若部」としており、やはり法華以前の爾前経の扱いなのです。以下の画像は『一代五時鶏図』(同626ページ)ですが、これを見ると『仁王般若経』が「般若部結経」として位置付けられています。

 
加えて『大集経』は「方等部」に組み入れられています(『一代五時図』[真蹟中山、文応元年]同612ページ、『一代五時図』[真蹟中山、建治期推定]同619ページ)。日蓮は『立正安国論』で『大集経』の「三災」のうちの「兵革」が起こると予言していますが(同20ページ)、その根拠となる筈の『大集経』は「方等部」で、やはり五時八教判では爾前経の扱いなのです。以下、それぞれの『一代五時図』からご確認ください。

 
ここからもわかるように、日蓮が『立正安国論』で示した「神天上の法門」そしてそれ故に善神が去って災難が起こる由来について、日蓮はなぜか法華経ではなく、教判上は法華以前とされる「爾前経」を用いて論証するという方法を採っていることになります。
それが正しいとするなら、日蓮系教団信者は『法華経』とともに『金光明経』『仁王経』『大集経』も依経として読まなくてはならない筈です(とりわけ国土の災難や滅亡を説く顕正会信者は尚更でしょう)。が、少なくとも私の知る範囲の創価学会大石寺系の信者たちで、日蓮と同じように『金光明経』等を読んでいる人たちを見たことはありません。
 
追記
「自界叛逆難」と「他国侵逼難」は『法華経』ではなく『薬師経』由来の語です。
そもそも『薬師経』が法華涅槃時に日蓮によって配されたとは思えません。また『薬師経』そのものを五時教判のどこに位置付けるか、日蓮遺文での言及は私の知る範囲には見られませんでした。
ちなみに建長7年説の『念仏無間地獄抄』には「弥陀薬師大日等を憑み奉る人は二十逆罪の咎に依つて悪道に堕つ可きなり」と述べられていますが(同97〜98ページ)、同抄には真蹟も古写本も存在せず、偽書と考えられています。同抄は天正11年(1583年)編集の『三宝寺録外目録』で「謀抄歟」と書かれ、偽撰であることが坂井法曄氏のブログで指摘されています。
 
坂井法曄「日蓮遺文の真偽について-平雅行・森新之介両氏の論争から①」
 
 
 
参考文献
矢吹康英「『立正安国論』における引用経典 -広・略の対比-」、『印度学仏教学研究』第71巻2号所収、2023年