いつもみなさん、ありがとうございます。
教学試験が良い例で、かつては「宗教の五綱」や「六巻抄」など、かつては真剣に学ばせていたものが、どんどん廃止になっています。
例えば創価班大学校だと旧『人間革命』全12巻を読めとか言ってたのに、しばらくしたら「今は『新人間革命』を学ぶ時代なんだ!」とかですね。
例えば私の所属していた広宣部・言論企画部もそうでしたけど、ある時期からもう一切学ばせなくなるんです。
その結果、組織に何が起こっているかというと、世代毎で全く話が噛み合わない、教義の姿勢です。
ある地区幹部は幹部指導で、「これは人間革命の第2巻に出てくるんだけどね」と指導しても、周りは読んだことさえないと。
要するに世代毎で、バラバラの教義、バラバラの知識、バラバラの感覚、バラバラの断片的な教学なんです。
で、何で人がそういう宗教に入るのかというなら、居場所を求めるからです。
自身に劣等感を持つ人なんて創価学会信徒なら少なからずおられることでしょうし。
で、その世代毎に教わった断片的な教学を使って、新たな戦いを繰り広げようってやってるのが現在の創価学会なんだと思いますね。
世代毎に前提とする教学や知識、裏付けが異なるので、あと10年もしたら、本当に日蓮でもなんでもない組織になるように思えます。まあすでに創価学会も大石寺も日蓮の系統を正統に継承しているとは到底思えないんですけどね。