いつもみなさん、ありがとうございます。
さて
日蓮正宗系の
曼荼羅本尊には左右両肩に讃文と言って「有供養者福過十号」「若悩乱者頭破七分」と書かれています。
この根拠は
法華経陀羅尼品を元に、中国
天台宗湛然が『法華文句記』で述べた言葉であり、正確には
法華経の引用ではありません。
「『頭が七つに破れる』とは仏教の考えか」
上の記事では、そもそも「頭が七つに破れる」というのが仏教の考え方なのかと言う点、またこれら二つの讃文が日興の書法と近年の
大石寺法主の書法とで異なっていることを述べています。
ところで、日興書写本尊には一部、別の讃文が書かれているものがあります。
それは「讃者積福於安明」と「謗者開罪於無間」です。
この二つの文は
最澄の『依憑天台集』の中の言葉で、やはり
法華経中の言葉ではありません。そしてこの二つの文は『御本尊七箇相承』には全く出てこない言葉なのです。
具体的に挙げてみましょう。例えば
元徳2年5月1日書写の日興書写本尊(
群馬県・本応寺蔵)にはきちんと「讃者積福於安明」と「謗者開罪於無間」が書かれています。
この書法、
大石寺の歴代ではほとんど見られないのですが、私の持つ限られた史料の中で確認できたのは、
大石寺6世日時です。
以下の画像は応永9年10月13日の日時書写本尊(柳目
妙教寺蔵)ですが、きちんと両肩部分に「讃者積福於安明」と「謗者開罪於無間」が書かれていることがわかるかと思います。
ところが
大石寺開山の日興と、6世の日時以降、この書法はほとんど見られなくなります。
つまり
大石寺の本尊書写の書法は一貫しておらず、歴史的な変遷を経て変化してきたものであるということになります。