気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

大石寺系・宗教間対立の苦悩。




いつもみなさん、ありがとうございます。



私は、こんなブログを書いていますが、誰かに好かれようとか評価されようとは全く思いません。むしろブログを書くことで私は孤立していくのだと思っていました。
ところが豈はからんや、多くの読者がついてくださり、本当に嬉しいです。感謝しています。



私は元活動家の両親がともに亡くなったことで非活から退会することができました。
しかし多くの創価学会大石寺の信徒さんの中には、家族の確執、地域の目等、さまざまな理由から退会・離宗できず、苦しんでいる方がいます。
私はそのことがよくわかります。なぜなら私自身がそうでしたし、私の母がそうであったからです。


だからこそ非活を選び続けて退会できない信徒を愚弄して憚らないような批判者たちが許せなかったのです。
生きることは白か黒かをはっきり割り切れるものでもありません。矛盾を感じつつも宗教団体に所属している方々の苦しみは、かつては私のものでもあったのです。
だからこそ私はそういう人たちの味方でありたい。味方などと偉そうに言えないとしても、少なくとも同じ苦しみを経験したものとして、その方の心を理解できる人間でありたいと思ったからです。
裏を返せば、創価学会の元活動家として非常識な布教活動や選挙活動、他宗への非難中傷を繰り返してきた過去の自分への嫌悪感と罪滅ぼしのつもりです。



私の母は、兄弟たちから蔑まれ、罵られ、苦しみながら生きてきました。そしてそうやって苦しみながら死んでいきました。母は家族の葬儀にさえ出してもらえませんでした。大石寺系教団の宗教間対立というのは、骨肉の争いの様相を呈していまして、それはそれは酷いものでした。
その苦しみがわからない人間たちに、私はわかってもらおうなどと思いません。評価されたいとも思いません。むしろ苦しんできた人たちに、同苦する人になりたいです。私は母が亡くなるまで、母に寄り添って生きてきたのですから。



どこまでこのブログを書き続けることができるか、私にもわかりません。ただ書けるだけ、書き続けていきたいです。
ブログを書き続けることは、私にあっては亡き父と母との見えない対話のようなものです。
ブログを書いていると、在りし日の母や父のことを思い出し、胸を熱くすることもあります。