いつもみなさん、ありがとうございます。
以前、この文書で日蓮が出家した際の名前を「是生房」としていることをブログで書きました。
「『是生坊』か『是性房』か『是聖房』か」
ところで、この『産湯相承事』の中に非常に不思議な法華経の引用があります。
「今久遠下種の寿量品に云く『今此三界皆是我有主君の義なり』」
(『産湯相承事』創価学会版御書879ページ)
ところで、私は活動家時代に、如来寿量品は毎朝毎晩勤行で読誦していましたが、寿量品の中で一度も「今此三界皆是我有」なんて出てきたことはありません。
この言葉は如来寿量品の引用ではなく、実は譬喩品の言葉です。
そんなわけで私は『産湯相承事』もやはり偽書であると考えています。
こんな単純な誤りから、偽書を作った粉飾ぶりとその綻びは容易に見えてしまうものなのだと思います。