いつもみなさん、ありがとうございます。
さて歴史上の釈迦、ゴータマ・シッダールタの史実に最も近い経典はスッタニパータでしょう。後代になればなるほど釈迦は神格化され、様々な潤色が物語に付随してきます。
「アーナンダよ。修行僧たちはわたくしに何を期待するのであるか? わたくしは内外の隔てなしに(ことごとく)理法を説いた。完き人の教えには、何ものかを弟子に隠すような握拳は、存在しない。」
つまり釈迦の教えに従うなら、師匠から弟子に秘密裏に伝授される特別な教えなどというものは本来の仏教の教えではないということになります。特別な秘密など何もないのです。
続く文章で、釈迦は自分が教団の指導者であることを自ら否定します。頼るべきものはめいめいの自己であり、それはまた普遍的なダルマ(法)に合致すべきであるということです。
「アーナンダよ、わたしはもう老い朽ち、齢をかさね老衰し、人生の旅路を通り過ぎ、老齢に達した。わが齢は八十となった。譬えば古ぼけた車が革紐の助けによってやっと動いて行くように、恐らくわたしの身体も革紐の助けによってもっているのだ。
しかし、向上につとめた人が一切の相をこころにとどめることなく一部の感受を滅ぼしたことによって、相の無い心の統一に入ってとどまるとき、そのとき、かれの身体は健全(快適)なのである。
それ故に、この世で自らを島として、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島として、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ。では、修行僧が自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしないでいるということは、どうして起るのであるか?
アーナンダよ。ここに修行僧は身体について身体を観じ、熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
感受について感受を観察し、熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
心について心を観察し、熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
諸々の事象について諸々の事象を観察し、熱心に、よく気をつけて、念じていて、世間における貪欲と憂いとを除くべきである。
アーナンダよ。このようにして、修行僧は自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島として、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしないでいるのである。
アーナンダよ。今でも、またわたしの死後にでも、誰でも自らを島とし、自らをたよりとし、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとし、他のものをよりどころとしないでいる人々がいるならば、かれらはわが修行僧として最高の境地にあるであろう、ーー誰でも学ぼうと望む人々はーー。」
(同66〜67ページ)
釈迦の臨終の際の最後の指導は
「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい」
(同168ページ)
というものでした。
「〈無常〉の教えは、釈尊が老いて死んだという事実によってなまなましく印象づけられる。それがまた経典作者の意図であった。ところが年代の経過とともにゴータマ・ブッダは仏として神格化され、仏の出現は稀であるとか、仏の身体がみごとであるとか神学的思弁が諸異訳のうちに付加されることになった。」
(同332ページ)
仏の教えには師匠から弟子に託されるような秘密は何もありません。
一切の事象は過ぎ去るものであり、だからこそ自らをたよりとして、他人をたよりとせずに生きることこそが釈迦の本意なのでしょう。
追記:
「島」という訳語について、中村元氏は他の諸訳から"attadipa"という語を「灯明」とせず「島」と訳しています。もちろん漢訳の『中阿含経』第34巻「世間経」には「当自作燈明」とあり、『長阿含経』第2巻「遊行経」には「自熾然熾然於法」とありますが、中村氏は「輪廻はしばしば大海に例えられ、ニルヴァーナは島に例えられる」ことから「島」という訳語を採用しています。