気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

御授戒のこと。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて今回は、大石寺の御授戒のことです。



というのは、Twitterでいろいろ話しているうちに、最近の多くの創価学会員さん(とりわけ団塊ジュニア世代より下、比較的若い方たち)は、かつての「日蓮正宗創価学会」時代のお寺での御授戒というものを知らない方が多いんですね。


最近の創価学会では入会が決まると、会館で「入会勤行会」を開いて幹部から御本尊を貰います。その後で地区の会員たちと自宅に本尊を安置する感じの流れになります。


ところが、かつての大石寺講中だった時代はきちんとお寺で御授戒を受けたものです。
この御授戒は、入信に至るまでの最後のステップのようなもので、荘重で厳粛な雰囲気の中で行われたことを覚えています。
古参の創価学会退会者の多くが大石寺に戻りたがる理由は、きっと戒壇本尊への目通りとか、この「御授戒」にみられるような独特の厳粛な雰囲気にあるのかなあとも思ったりします。


まず御授戒は殆どの場合、お寺で行われます。
入信を希望する人は紹介者と一緒に御宝前に座って、僧侶さんの導師の授戒文を受けます。


「今身より仏身に至るまで爾前迹門の邪法邪師の邪義を捨てて、法華本門の正法正師の正義を持ち奉るや否や」


この言葉の後、その場にいる信者と全員で「持(たも)ち奉るべし」と唱和してお題目を三唱します。


似たような授戒文は何度か続きます。


「今身より仏身に至るまで爾前迹門の謗法を捨てて、法華本門の本尊と戒壇と題目を持ち奉るや否や」


再び全員で「持(たも)ち奉るべし」と唱和してお題目を三唱します。


「今身より仏身に至るまで爾前迹門の不妄語戒を捨てて、法華本門の不妄語戒を持ち奉るや否や」


また全員で「持(たも)ち奉るべし」と唱和してお題目を三唱します。


で、題目三唱の間に入信希望者の頭に僧侶さんが御本尊を当てます。これが御授戒の儀式です。


それはそれは厳粛な雰囲気の中で行われたものです。


大石寺の教義を私はここで批判しますが、当時「日蓮正宗創価学会」だった頃、お寺には確かにお寺らしい厳粛な雰囲気を持った化儀があったことは事実でして、記憶にあります。


多くの創価学会退会者が大石寺に行くのは、このような荘重な雰囲気が忘れられず、「これこそが本来の信仰の場だ」とノスタルジックな勘違いをされてしまうからなのかもしれませんね。