気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

木村文洋氏、犀角独歩氏、大木道惠氏との懇談。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて先日、都内で木村文洋氏(映画『息衝く』監督)、大木道惠氏、犀角独歩氏、他多くのブロガーさんたちとお会いしてお話を聞く機会に恵まれました。
信仰的な立場を異にされる方もいらっしゃいましたが、皆がそれぞれに違う立場から語っていたのはとても印象的でした。有意義な会にお誘い頂けたことを大木道惠さんには感謝します。


この会で謎が氷解したこともあり、本当に驚いています。
一例を挙げると、私の亡き父は生前、渡部一郎さんや石田幸四郎さんと一緒に最初の公明新聞の前身を編集する仕事に携わっていたことを話していました。その当時、その新聞の名前は「第一新聞」という名前だったと述べていました。
今回、会の参加者の中に、この「第一新聞」のことを覚えている方がいまして、父の記憶の正しさが証明されたことになりました。
今までネットでもほとんど情報がなく、誰もこのことを知る人がいない中、過ごしていましたが、計らずも「第一新聞」が確かに実在していたことの確証を得ることができました。ありがとうございます。
この公明新聞の前身である「第一新聞」に関して、私は情報を求めています。何かご記憶の方がありましたら、メールやTwitter等で教えて頂ければ幸甚です。


犀角独歩さんの話はやはり深い教学的知見を湛えていながら、どこか気さくで本当に楽しく過ごすことができました。
何よりも犀角独歩さんがかつて創価学会員であったこと、その後に大石寺に行かれたこと、その過去をきちんと総括して覚えておられることに敬服しました。


私は創価学会大石寺を批判しますが、それは単なる教団の非難中傷というより、それを信じてきた自身の責任であると考えています。言わば私のブログはそれらを信じてきた自身への自己批判も兼ねていることになります。
今回、その姿勢を犀角独歩氏に認めて頂けたようで、本当に恐縮しています。


私は過去から逃げないで生きていきたいと思います。
亡くなった父や母はもういませんが、生きているものとして、私たちの何が間違っていたのかをきちんと総括して確かめたいだけです。
それこそがきっと両親への慰めになるかと思います。
もちろんそれが私自身の単なる我儘に過ぎないかもしれないことは自覚しているつもりです。


私が犀角独歩氏や大木道惠氏を尊敬しているのは、過去をきちんと認めて、過去を誤魔化していないということです。
私自身が間違っていたのかもしれない。そしてそれを検証し、時に認識の更新も辞さずにより普遍性の高い事実を求めていきたいと考えています。


今回の懇親会で学んだことはたくさんあるのですが、まずは今回ここまでとし、少しずつまた記事にしていこうと思います。
本当にありがとうございました。