気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

各地域の目標数ということ。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて創価学会員さんは、全員が全員、聖教新聞の営業の部数や布教数の報告、また書籍の購入などに悩まされているわけではありません。



むしろ、活動に積極的でない一部員、また未活動家、非活動家さんは特に何も言われないことが多いです。



でもそんなことを言うと、創価学会員以外の方は「じゃあ、どうして布教や新聞営業に追いやられてしまう会員がいるのか」という問いが起こるのは自然なことでしょう。
実はこれこそ創価学会の独特の仕組みのせいなのです。
一言で言ってしまうと、創価学会は外郭企業を含めた大きなコンツェルン、企業複合体のようなものなんですね。


例えば聖教新聞の営業(創価学会員さんは「新聞啓蒙」と言います。彼等は営業とは考えず、単に布教活動の一環として捉えています)に関しては、個人に目標数が降りるのではなく、各組織にそれぞれの目標が充てがわれます。


言ってしまうと、方面地域で例えば新聞なら新聞を何部という目標があり、そこから各県、各区圏、各本部、各支部、各地区、各ブロックにそれぞれ目標が降りてくることになります。そしてそれぞれの管轄の長、例えば地区なら地区部長とか地区婦人部長とかが「今月は創立の月です! 皆で感謝の思いを聖教新聞の啓蒙で結果を出して参りましょう!」とか決意発表するわけです。


ところが実際に課されるのは、各地区等、組織への目標なので、役職も何もない部員さん、また新参の活動家さんはノルマということにそんなに意識しないで済みます。まあもしかしたら婦人部から「今月だけでも1部取って!」と頼まれてズルズルと新聞を取らされることになったりするかもしれませんが(笑)、それでも彼等にはノルマとは感じられないでしょう。


問題は、例えば地区で目標数に届かないことがあった場合、上に指導を受けると「あなたの信心の一念の問題だ」とか、長の心の問題として指摘されてしまうことです。
創価学会で地区婦人部長や支部長などになっている人は多くが「気の良い人」「心優しい人」です。そう言った方が気を病んで自責の念に囚われてしまうんですね。


「良い人ほど自分を責める」


更に近年は活動家も高齢化し、減ってきましたから、かつてより少ない頭数で一定の成果を求められることになります。
そんなわけで各地域方面で、正の地区部長や地区婦人部長が数が出ないことに悩まされる事態になったりするということです。


平の部員さん、また有役職者でも例えば「副支部長」とか「地区副婦人部長」のような副役職者さんは、あまり数ということに悩まされずに暮らしているかと思います。