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創価学会の非活メンバーによる語り

戒壇本尊と日禅授与本尊の諸尊勧請の一致。

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いつもみなさん、ありがとうございます。
今回は後世の創作に過ぎない弘安2年造立説の戒壇本尊と、弘安3年日禅授与本尊の諸尊勧請の座配についてです。


すでに犀角独歩氏のブログでも指摘されているように、コンピュータマッチングの手法により、弘安2年の戒壇本尊と弘安3年日禅授与本尊との首題の形が一致することがわかっています。


「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」


今回、指摘したいのは冒頭2枚の画像で示したように、戒壇本尊と日禅授与本尊との諸尊配置の一致ということです。


両者を見比べてみるとよくわかるのですが、驚くほど文字の配置が一致しています。
いくつか特徴的な点を挙げてみます。


①両本尊の諸尊勧請は全て同じである。

②両本尊ともに讃文は「二千二百二十余年」である。

③両本尊ともに「有供養者福過十号」「若悩乱者頭破七分」が書かれていない。

④両本尊ともに帝釈天王は「釈提桓因大王」と書かれている。


というように、見比べても違いがないんですね。例えば日興書写本尊に書かれる章安大師も両本尊ともに書かれていませんし、大龍王も「八大龍王」ではなく両本尊ともにきちんと「大龍王」と書かれています。唯一違うところは私の見る限り一箇所のみで、戒壇本尊に「南無迦葉尊者」と書かれているところが、日禅授与本尊では「南無大迦葉尊者」となっていて「大」の一字が相違するだけです。


ここから考えても、大石寺の本門戒壇本尊は、弘安3年日禅授与本尊を基にして後世に創作されたものであることは疑い得ないと思います。



参考文献:

犀角独歩『大石寺漫荼羅本尊の真偽について』宗教と社会を考える会、2016年。

柳澤宏道『石山本尊の研究』(増補版)はちす文庫、2013年(初版1997年)。