気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

第三文明について。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は「第三文明」という語について考えてみたいと思います。


この語は池田大作氏によって作られた語です。
具体的には会長就任前、池田総務の頃、昭和34年の発言になります。



「学会は資本主義でもなければ--資本主義でないということはないが--自民党思想でもなく社会党思想でもない。今必要なのは第三文明です。」

「精神文明の世の中も、また物質文明の世の中ももの足らぬ。どうしても全民衆の根底からの欲求というものは、物でもなく、心でもない。」

「色心不二の哲学が必要な時代である。最高の文化が広宣流布であると会長先生が仰せになったこともあります。最高の文化とは何か、第三文明です。これがこの文明なんです。カビの生えたような、偏頗な文明ではないのです。ゆえに、思想的にいっても、共産思想、自民党みたいな片よった思想ではない。いまだかつてない、全人類が根底から要求しているところの、"新社会主義"こそ、王仏冥合の思想であると、わたくしは信ずるんでございます。」
聖教新聞、昭和34年7月10日)


この「第三文明」という語の発想の原形は何か。これは溝口敦氏も指摘しているようにまさに『三国志』の思想かと思います。多くの創価学会員さんもこの点に関しては納得するでしょう。何しろ『三国志』は池田氏が様々にスピーチ等で昔から語ってきたテーマでもあるからです。


すなわち公明党としては、三国志の「蜀」の役割としてキャスティングボートを握るということに当初から狙いがあったということになろうかと思います。
また池田氏はこの「第三文明」が「全人類が根底から要求している王仏冥合の思想」であることを語っています。


もともと公明党(前進は公明政治連盟)には、当初から特に政治理念があったわけではありません。「福祉」とか「平和」とか言いますが、後付けでつけられたもので、昭和35年頃の公明党が具体的な政策理念を特に持っていませんでした。
池田大作氏が会長に就任するのは昭和35年ですが、この頃は安保問題で世間が揺れ動いている時代です。この時、池田氏は「安保改定よりも、それよりか、もっと本質的に大事なことは、邪宗改定である」(聖教新聞昭和35年6月4日)と述べ、安保に関する見解を明確にはしませんでした。そしてそれを個々の会員の判断に委ねたんですね。


事実として創価学会の9人の参議院議員も、自民党の単独強行採決に関して、国会正常化の名目で反対しましたが、基本的に安保に関しては静観をするだけでした。ただ一人、石田次男だけは昭和35年2月10日の参議院本会議で、海外派兵や条約の年限、事前協議の問題等について質問しています。


したがって「第三文明」という語は、政治的に第三極で行く、仏法中道路線で行く、ということなのでしょうけど、結果としてキャスティングボートを握る役割を公明党が果たし、現在は政権与党として自民党政権を補完する役割を担っています。事実、1999年の小渕第2次改造内閣から公明党は長く自民党との協力関係にあります。


旧来からの創価学会員さんに対する説明として、果たしてこれが「第三文明」なのかと問われても致し方ないかと思います。
まあ、都合が悪いと創価学会はその語を使わなくなる傾向がありますので、そのうち「第三文明」という語は使われなくなるのかもしれません。第三文明社も社号を変えればよいだけのことですからね。ただ「第三文明」という語を作ったのは疑いなく池田大作氏本人です。



参考文献:
溝口敦『池田大作「権力者」の構造』講談社+α文庫、2005年。