気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

タブーを捨てて。




いつもみなさん、ありがとうございます。


さてこのブログ、確か2016年9月頃から書き出しているかと記憶してますが(曖昧・笑)、もう少しで満2年になろうとしています。すでにブログの投稿記事は650を越え、総アクセス数は2018年7月現在で140万をゆうに越えています。読者の方で多くの方が「創価学会を退会しました」「法華講を脱講しました」「二度と大石寺になど行きません」「大石寺にも創価学会にも騙されました」等々、最近は多くのお声を頂いています。
とても有り難いことです。読んで頂いている皆さんに感謝申し上げます。本当に本当にありがとうございます。


こんなブログを自己満足的に書いていたのに、こんなにたくさんの方に読んでいただけるなんて想像していませんでした。本当に嬉しいです。ありがとうございます。何度ありがとうと述べても足りない気さえしています。


果たしていつまで書けるのか、自分でもよくわかりません。
他の創価学会大石寺関連のブログとしては、比較的頻繁に更新している方かとは思います。何せ毎日必ず12時過ぎには更新する仕組みにしていますから。
ただ無理をして頑張っている自覚は全くなくて、むしろ応援してくださる方の声を聴きながらいろんなことを考え、いろいろ読んでいるうちに思ったことをぽろりと書いてアップしているだけです。本当に他意はありません。


以前どこかで書いたように、私の願いはいろんな人が大石寺創価学会顕正会などの教団の論理から解き放たれて、自由に自分の頭で考え、いろんなことを語るようになることです。
そのための助けになっているのか、私は自分でよくわかりませんが、たくさんのお声を頂くにつけ、そのことを自覚して書くようになりました。ですからブログ開設当初は文調ももっと「気楽」でしたから(爆)。


Twitterで若い方が創価学会創価大学の問題点について述べるのを見つけ、とても嬉しかったです。若干言葉が強いのが問題かと思いますが(笑)、口汚い罵詈雑言を使わなければ、どんなことでも自由に皆が語れるようになるべきです。


タブーが存在する組織なんて、単なる硬直化したドグマ教団に過ぎないと考えています。口汚い悪口雑言は論外でしょうけど、どんなことでも語っていいはずですし、どんなことでも自由奔放であるべきです。特に若い方はそうあってほしいです。


私は青年部の時に、自分の組織を「生きた組織」「血の通った組織」「楽しい組織」にしたいと思い、やってみました。
それが正しかったなんて今は思っていません。私は単に体良く組織維持に利用されただけに過ぎなかったのでしょうし。
今の若い方たちに遺した、それらのものは、今や単なる桎梏であるのかもしれません。
若い方たちにはもっと自由であってもらいたいと思います。タブーなんてなくせばいい。どんなことでも語ってしまえばよいのだと思います。


パキスタンの詩人であるファイズ・アハマド・ファイズの詩を最後に引用します。


「話せ

話せ   おまえの唇は自由だから
話せ  舌はまだおまえのものだ
しゃんと伸びた体はおまえのもの
話せ  命はまだおまえのもの
見ろ  鍛冶屋では
火花が走り  鉄が赤く灼ける
錠前の口が開きだし
どの鎖も継ぎ目が離れた
話せ  この束の間で充分だ
肉体と舌が死ぬ前の
話せ  真実はまだ生きているから
話せ  言わねばならぬことは言ってしまえ」

ファイズ・アハマド・ファイズファイズ詩集』片岡弘次編訳、花神社、1994年)