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創価学会の非活メンバーによる語り

戒壇本尊の重さ。





いつもみなさん、ありがとうございます。


さて弘安2年造立とされる大石寺戒壇本尊が、後世の贋作でしかないということを、私はブログで度々指摘しています。



「和泉公日法のこと」


加えて今回指摘したいのは、戒壇本尊の実際の大きさについてです。


というのは、大石寺の言い伝えでは、大石寺開山の日興が身延山を離山する時に、この戒壇本尊を持って離山したと言われているからなんですね。


では実際の大石寺戒壇本尊の重量はどのくらいなのでしょう?


大石寺48世日量の『富士大石寺明細誌』によりますと、戒壇本尊の大きさは縦が「四尺七寸五分」で横が「二尺一寸五分」、厚さは「二寸二分」とされています(富士宗学要集5-334ページ)。


1尺=30.03cm
1寸=3.03cm
1分=3.03mm


と考えますと、戒壇本尊のおおよその大きさは


縦:約143cm
横:約65cm



となります。



ところで大石寺66世細井日達氏は次のような発言をしています。


戒壇の御本尊様は楠の厚木です。表から見るとこういう板です。ところが此れは大変な板です。ただの板ではないのです。こういう板になっているのです。だから後ろから見ると丸木です。丸木を表だけ削ってあるわけです。大変なものです。重たい。上はただ三寸そこそこの板ですけど、まわりは丸木です。まん丸い木です。その丸い木を、前を削って板にしたに過ぎません。」
細井日達氏の「寺族同心会」での指南、昭和52年5月26日、大石寺大講堂にて)


ここから考えると、戒壇本尊はカマボコ形の半円筒形をしていて、楠の丸太の表面を削った形になっていることがわかります。
ですから厚みについては単なる板として考えるのではなく、半円筒形として考える必要があるでしょう。



ここから戒壇本尊のおおよその体積を考えてみます。「丸太の前面を削る」という細井日達氏の言葉を受けて、それが丸太を半分に切ったと仮定して「半円筒形」として計算してみましょう。



すると計算式は
32.5×32.5×3.14÷2×143=約237,139立方センチメートルになります。


ここで楠の比重を例えば1立方センチメートルあたり0.52グラムと仮定してみると、


237,139×0.52=123,312グラム

となります。


とすると、戒壇本尊の重量は約123キログラムほどになるかと思います。
しかも比重は湿度によって変化するものですから、これよりも重くなることも在ろうかと思います。
また細井日達氏の言葉によれば、丸木の表面を削っているだけですので、半円筒よりも円筒に近い可能性があります。完全な半円筒で123キログラムですから、もしも削られた部分が全体の1/4だと仮定すると、重さは25%増しになります。すると戒壇本尊の重さは153キログラムを越えることになります。



では重量がおよそ120〜150キログラム相当になる戒壇本尊が果たして弘安2年の段階で日蓮の草庵に置くことができたのでしょうか。
そして日興が身延を離れる際に、それをどのようにして運んだのでしょうか。


こういったことから考えても戒壇本尊というものの信用性がいかに低いか、よくわかるかと思います。