気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

他者を守るために書く。





いつもみなさん、ありがとうございます。
たくさんの応援メッセージにいつも励まされています。本当に皆さんの声に感謝しています。今では皆さんの声が、私のブログ執筆の原動力です。



私は、Twitterアカウントを開設することで、狂信的な大石寺系信徒さんと議論をする機会も増えました。大石寺系信徒さんは文献的な根拠を示せず、回答に詰まると汚い言葉で相手を罵倒することも辞さない人たちが多いです。そんな議論を実は多くの方が見てくださっていて、「溜飲の下がる思いでした」「よくぞ言ってくださいました」というメッセージも頂いています。創価学会員よりも大石寺旧檀信徒さんの方が多いことには少し驚きました。旧檀徒さんの伝統講の方々が、現在の新参講の法華講信徒さんに良い印象を抱いていないことがよくわかります。


私はかつて青年部時代、広宣部の一員として他宗対策、顕正会妙観講との対論の現場に出向き、多くの信徒さんを論破してきました。他者を論難し、回答不能にさせることに当時の私は高揚感さえ感じていました。当時の私がいかに思い上がった心であったかがよくわかるかと思います。


ただその中で、よく広宣部の先輩に言われたことですが「我々は会員を守るためにこういうことをやるんだ」ということを何度となく私は注意されていました。


若い頃の私は法華講さんを散々に論難してきましたが、その時に気をつけたことは、あくまで「会員を守る」ために対論をするのだという点です。
自分がやってきたことを私は別に自己正当化しようとは思いません。私がやってきたことは間違っていたと今なら普通に思えます。
ただここで私が強調したいのは、本来の目的を忘れない、ということをそれなりに意識していたということです。


当時の私は広宣部の勉強会の資料だけに飽き足らず、自身で文献を集め、独自の資料をワープロで作って圏や方面の広宣部に提供したりしていました。
同時に「本来の大石寺の教義は何か」「本来の創価学会の歴史はどうなっているのか」を見つめ直すきっかけになりました。


今の私は創価学会の非活メンバーとなり、もはや守るべき何ものをも持ちません。
私はブログ開設当初、一人で信仰を細々とやっていくことを意識していました。別に私個人なのだから、創価学会大石寺さんに何を言われようと別に構わないと思いました。


ところが、最近では私のような創価学会非活メンバーさん、また退会者さん、さらには大石寺法華講さん、また伝統講の旧檀信徒さんから「勇気づけられた」「ぜひ書き続けてほしい」「毎日読んでいます」「質問させてください」等々のお声をメールでたくさん頂きます。


私のような罪深い過去を持った人間が、自分勝手にこんなブログを書いていて、まさか他人に力を与えることになろうとは予想だにしていませんでした。


かつて若い頃の私は「創価学会の組織を守る」ために活動しました。
今は、創価学会大石寺の欺瞞に気づいた非活メンバーや退会者さんを守るために、書き続けているような錯覚を覚えます。


みなさん、本当にありがとうございます。
みなさんのお声を頂けば、週末にいろいろ文献を開けてブログ記事を執筆する苦労などなんでもありません。
みなさんのお陰で、楽しく有意義な毎日を過ごせていることに心から感謝しています。