気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

『創価学会秘史』への宮田幸一氏の所感に対して読者の所感。




いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は読者からのメールをそのまま紹介したいと思います。


長文ですが、そのまま載せたいと思います。





「いつも楽しく拝見さえていただいております。

最近、『創価学会秘史』という本について、宮田幸一が所感を書いていることを知りました。

 

http://hw001.spaaqs.ne.jp/miya33x/paper21takahashi.html

 

私は牧口研究をしていたこともあって、宮田氏の見解をある程度支持しているのですが、結論から言うと、この所感はひどく雑なものに感じます。

高齢であることからボケてしまったのか、だれかが代筆でもしているんじゃないかとか疑いたくなるような展開です。

もともと宮田氏は文体にも問題があるように私は感じていました。

その一つが「~だが」というBUT構文が多いという点です。だから、全体としてけむに巻いているような印象を持つことがしばしばあります。

例えば次の文章です。

 

「高橋氏は『数字の神秘主義』として『七つの鐘』の理論に言及し、その弊害として創価教育学会の第一回総会が『昭和12年』でなければならないが、実態としてはその前年の4月の総会が第一回総会であるとしているが、私個人も『全集』第9巻の編集作業の時に、『新教』の記事を読む限りは、昭和114月の総会を第一回総会としていいのではないかと主張したが、他の編集委員から『池田先生の七つの鐘という発言は重い』ということで、私は『全集』第9巻の『解題』では『教育者中心の総会』と表現したが、今では『七つの鐘』に合わせて、昭和114月の総会を無視して、昭和12年に第一回総会を探すという無駄な努力はあきらめたほうがいいと思っている。『七つの鐘』の理論は将来展望として意味があるのであり、過去の事実を確定するための主張ではないと解釈したほうがいいだろう。」

 

どうでしょう。私には宮田氏が肯定したいのか否定したいのかよくわかりません。学者はすべからく、かくもわかりにくい書き方をするものなのでしょうかね。

あと挑発的な言動も今回の所感では二か所見受けられています。

『ついでに高橋氏に有益な情報をプレゼントしよう。』

という文章と

『高橋氏が宗教に関心があるなら、もっと面白い情報を提供しよう。』

という部分です。

二つ目の文章など、その前段まででいかに高橋氏が宗教に関心がなかったかという議論を展開した後にこの書き方ですので、支離滅裂ではありませんかね。

 

次に矢島氏について創価学会が批判したのは戸田池田が正統な後継者であると印象付けるためだという高橋氏の批判に対して次のように反論をしています。


「また高橋氏は、ある時期に矢島批判を始めた理由を『とうの昔に世を去り学会員のほとんどにとって記憶の埒外にあった矢島が、いきなり墓場から掘り返され、生け贄とされた。戦時中の思想弾圧でも退転しなかった矢島を事実に反してでも裏切り者とすることで、戸田は牧口の教えを守り抜いた唯一の弟子となり、さらにその戸田を守り抜いた唯一の弟子が池田であったことも強調される』と述べているが、戸田が『牧口の教えを守り抜いた唯一の弟子』であった理由は、何も『戦時中の思想弾圧でも退転しなかった』という理由ではなく、創価学会の宗教運動を大きく発展させた功績によるのであり、その点で矢島にどのような功績があったか疑わしい。高橋氏も述べているように、むしろ矢島は後に創価学会批判をして、運動の邪魔をしたことは明らかである。池田も『戸田を守り抜いた唯一の弟子』とされるのは、戸田の忠実な後継者であるという点ではなく創価学会の運動を世界に大きく展開したという功績によるのである。戸田の弟子であったという旧幹部がさまざまなことを述べているようであるが、彼らが創価学会を指導して、ここまで大きく運動を展開できたであろうか。」


戸田が牧口の、池田が戸田の正当な後継者であるという根拠は忠実な弟子であったという点ではなく、それ以後の教団を発展させた功績によるものだと宮田氏は反論しています。

この点は大いに問題が残る点だと思います。

一つ目に教団の後継者の基準が、教えを充実に引き継いだかどうかという基準と教団の発展に寄与したという基準の二つ存在していて、先代がその基準を示したわけでもないのに事後評価で都合のいいほうが基準として採用されているということ。

二つ目に発展させた功績があったからを基準とした場合、牧口、戸田の教えを「守り抜いた」弟子と表現するのは不自然だということ。

仮にそうだとしたら「師の教えを展開させ弘めた弟子」という方がいいでしょう。

 この点を全く無視して議論が展開されているように読めます。

おおかた血脈相承になぞらえたストーリーのほうが宣伝に都合がいいから「師の教えを守り抜いた弟子」と表現したのだろうと私は思います。)

 

それとブライアン・ビクトリア氏の指摘への反論も不自然です。

今回の所感の流れを大まかに説明すると、『創価学会秘史』において高橋氏は創価学会反戦平和団体ではなかったと主張し宮田氏はその主張を全面的ではないにしても退ける論の展開をしているかと思われます。

そして牧口氏が戦争に加担したとする主張の初期のものにブライアン・ビクトリアというオーストラリアの仏教学者がいることを述べ、その論の展開に問題が多いことを指摘しています。

「一読した限りはなるほどと思える」という質すら下回っているように思います。

一読で「え?」と思いました。

その主張は次のようなものでした。

 

牧口は治安維持法違反で捕まった。

治安維持法はもともと天皇制維持を目的とし反体制派である社会主義者、共産主義者無政府主義者弾圧のための法律だった。

それらを解体した後、軍部は戦争政策遂行の障害を除くため、治安維持法の矛先を自由主義者と宗教運動を標的とした。

牧口はそれに引っかかったから「間接的に」反戦思想のために捕まったのである。

 

いささか苦しい主張だと思います。

この主張では軍部が牧口を戦争遂行の邪魔だと考えていたとは言えますが、牧口が反戦思想を唱えたとは言えません。

判断の主体が軍部が邪魔だと思っていたかどうかであるという基準で言えば、当時、軍部の治安維持法違反の容疑者は全員反戦平和思想を持っていたということになります。

 

とりま、このあたりかと思います。

宮田氏の視点を私は受け入れやすい視点観点として採用していますが、そのクオリティから言うと、今回の所感は劣悪なブログレベルとは言いませんが、説得力に欠けるものに思えます。

(組織的な圧力がかかって、いやいや書いているのかな、なんて陰謀説を想起したくなるレベルです)

 

確認のために付け加えますが、宮田氏がどのような持論を展開しても私は良いと思っています。またどの説を採用するのも自由かもしれません。

ただし、ある学説の批判的考察をするなら、根拠と説得力と合理性を求められるのは当然です。今回の所感は根拠はともかく説得力という点では感じられない内容となっています。

所感であって論文、レポートのたぐいではないと言われればそれまでですが。」




基本的にこの方のご意見に私は同意です。宮田氏には申し訳ないのですが、彼の反論には説得力に乏しい印象をどこか拭えないでいます。つまり教団の擁護という視点で書かれていまして、どこかこの点に関しては客観的な視点を宮田幸一氏が失っているように思えてなりません。