気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

池田氏とチャウシェスク氏との交友。

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いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は池田大作氏の交友関係の中で、最近はあまり語られることのない、ルーマニアのニコライ・チャウシェスクとの関係について書いてみようかと思います。


まあこの辺はネットでちょっと調べればいくらでも出てくるので、わざわざ私が書くまでもないのですが、忘れている方もおられるようなので。


池田名誉会長は1983年6月4日から9日までルーマニアを訪問。この中で6月8日午前中に池田大作名誉会長は、ニコライ・チャウシェスク大統領を官邸に表敬訪問し、約60分に渡って核廃絶や世界の軍縮、平和について語り合っています。またこの会見の模様は国営ルーマニアのテレビ放送でも報じられたとされています(『第三文明』1983年9月号106〜107ページ)。


このことは聖教新聞でも報道されています。


ルーマニア建国の指導者、世界平和に尽力され、ご努力してくださっているチャウシェスク大統領に心より感謝の意を表します。」
聖教新聞、昭和58年6月9日)


「今後も世界の指導者として、チャウシェスク大統領のご活躍とご健勝を祈ります。」
聖教新聞、昭和58年6月10日)


同年6月11日の聖教新聞にはこのチャウシェスク大統領との会見について社説でも触れられていました。


また昭和50年(1975年)3月25日、聖教新聞社で駐日ルーマニア大使のニコラエ・フィナンツー氏と会談した際、池田氏は次のように発言したとされています。


チャウシェスク大統領は、偉大なる指導者であり、独自の哲学をもち、また魅力をもった方であると認識しています。私は、その大統領に将来見習っていかなくてはならないことも、よく知悉しているつもりです。」


チャウシェスク大統領のような聡明な指導者をもったお国は幸せであると申し上げたい。 」


「私の直観では、今の閣下のあとの代になっても、次の後継者はスムーズにいくように思います。」



周知の通り、ニコライ・チャウシェスク氏は1989年のルーマニア革命によって追放され、妻と共に公開処刑されることとなります。


チャウシェスク氏が果たして本当に独裁的な指導者であったのかということに関して私は再評価の余地もあるとは思います。末期のチャウシェスク政権では高級官僚化した党幹部らの暴走もあり、そのスケープゴートとして処刑された可能性もあるのかとは思うんですね。


ただ一度友誼を結んで「偉大な指導者」と呼んだ間柄の池田氏が、その後、このことに関して全く語らず、チャウシェスク氏との会見の事実そのものがタブー視されている現状は、上述の池田氏本人の発言から考えても信義に欠けるものかと私は思います。