気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

青年時代、貧と病の池田大作。





いつもありがとうございます。
さて今回は私が創価学会批判のジャーナリストとして知られる溝口敦氏の著作を最初に読んだ時の率直な感想を書いてみたいと思います。



というのは私は、溝口敦という人物を「創価学会を単に非難中傷するだけの浅はかなライター」と思っていた時期があったからです。
その理由はもちろん私が元創価学会の活動家だったことが最大の原因で、先入観で氏を見ていたことになります。



溝口敦氏の著作で、池田氏の半生を描いていくシーンで私は図らずも思わず涙ぐんでしまったシーンがあります。
それは若き日の池田大作氏の貧しさ、病気、苦悩です。



溝口氏といえば創価学会に批判的なライターです。著作を読む前から溝口氏は池田に批判的な舌鋒を振るうものだと先入観を持っていました。
ところがそうではなく、池田氏の若き日の病気のこと、経済苦のこと、散々な有様について赤裸々に描いていくんですね。



私が読んでいてなぜ涙ぐんだのかと言えば、それは「ああ、私たちと同じだったんだ」と思ったからです。
病気とか生活苦とか貧しさというものは、経験しないとわからないものです。
池田氏もまた生活に喘ぎ、藁をもすがるような思いで信仰にかじりつき、生きてきたのかと思ったら共感せずにはいられなかったんですね。


多くの会員さんと同様に私もまた池田氏から多くの激励を受けてきました。それは少しでも活動家の経験がある方ならわかることでしょう。
池田氏は貧しい人、苦しんでいる方に優しい人だったという印象をやはり拭い去ることができません。どこか氏には自身の生きてきた経験から、現世利益を強調し、苦しんでいる人を応援するようなところがあったのです。それこそが池田名誉会長が会員に対して絶対的なカリスマとして存在し得た最大の理由かと思います。
自身もまた若い頃から貧しく、戦争で、また病で苦しんだ、だからこそ池田氏には同じ苦しみに喘ぐ人の気持ちが共感することができたのだと思います。


私は数種類の大病に幼少時から苦しめられました。私の母は発作が起こって、動くのもやっとの小学生の私を連れ出して正本堂まで御開扉を受けさせたものです。当時の子どもの頃の写真が我が家に残っていますが(背景に大講堂が写っています)、普通に考えれば鬼のような母親でしょう。母は私に病気で他人の優しさにすがるのは何の解決にもならないことを直感的に知悉していたのかと思います。弱音を吐けば吐くほど母に叱られたものです。



そんなお陰で私は精神的に耐えることを覚えました。今となっては母に改めて感謝の思いでいっぱいです。母がこの世にいないことがただただ悲しいだけです。



私は以前、少し前に池田氏の実像と虚像について、率直に認める記事を書きました。


池田大作の虚像と実像」


私は庶民的で貧しく、病で苦しんできた池田氏の姿にとても共感します(私と私の家族がそうでしたから)。同時に日寛由来の教義から現世利益的な確信しか述べることができず、人情味に偏る江戸っ子な池田氏の弱さも同時に理解できる気がしています。
池田氏が当初から悪人であったとは思いませんし、彼は彼なりに必死に生きてきた青春時代があったことを私は決して否定しません。
しかし、それゆえに、池田氏は自身への虚像を作り上げてしまった、安易な現世利益主義から日蓮の教義を歪曲し、自身の虚像を膨らませてしまった、その責を免れることは決してできないと考えています。