気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

組織の目標数ということ。




いつもみなさん、ありがとうございます。
さて先日の聖教新聞(2018.1.4)の「わが友に贈る」の中に「自身の境涯を開く/明確な目的を立てよう。」と書いてあって、私などは「ああ、相変わらずだなぁ」と思いました。


創価学会って目的とか言うと、必ず個人や組織に目標数を立てさせます。



創価学会員ではない方にはわかりにくいことかと思いますが、大石寺系教団で「目標」というと例えば「地区で〜世帯の布教」とか「会合の結集〜人」とか「統監の何割結集」とか数で立てさせられます。
まるでどこかのブラックな会社社員の営業ノルマみたいな感じです。



ふつう、目標とか目的ってのは違いますよね。
例えば何年後に結婚したいとか、何年後に家を持ちたいとか、会社を起こしたいとか、そんなことを考えて、その上でいついつまでに貯金はいくらくらいにしようとか、そういう算段を立てるのが将来設計というものでしょう。


別段、創価学会大石寺もそのような個人の人生設計を否定しているわけではないのですが、どういうわけだか、彼らの宗教組織の中にいると、それらの人生目標よりも、布教や組織活動のノルマ目標が上位に来ちゃうんです。


いや、もちろんね、創価学会の組織で活躍して人生設計を建てられる人もいますよ、中にはね。そういう特異な方もいらっしゃいます。思うにそういう方は創価学会の方法論と相性が良いのでしょう。
どこかのネットワークビジネスみたいですよね。そういえば、創価学会の布教の方法ってネットワークビジネスそっくりじゃないですか(笑)。
「ちょっと良い話があるの」と誘い出して、セミナーとか本幹の同時放送とか座談会とかに連れ出す。あとはみんなで囲んで「この信心を一緒にやってみよう!」の一点張り(笑)。やってることネットワークビジネスと変わりませんって。


組織の目標ってのはもうやめた方がいいと思うんですよね。
そうでないと、ただでさえ少ない現在の活動家の首をますます締め、疲弊させることになりますよ。
信濃町の本部職員のお給料なら、今たくさん貯め込んでいる会員の財務のお金を運用したりしても、十分稼げるんじゃないかなぁと。



大石寺も「〜万人登山」とか布教の目標数とか立てさせているみたいですから、方法論としてはなんだか創価学会そっくりみたいです。
そもそもこのように目標数を具体的にして布教活動をやってきた、その先駆は創価学会のはずですが、大石寺も近年真似してるみたいです。