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創価学会の非活メンバーによる語り

阿闍梨号について再考。




いつもありがとうございます。
ところで以前「阿闍梨」について書いたブログがありますが、何点かご質問がありました。


阿闍梨号について」





日蓮阿闍梨号も灌頂も受けていない私度僧なのではなかったか。


実はこれに関しては正直言うとよくわかっていません。法華仏教研究会の花野充道氏も、また興風談所の菅原関道氏もこの点については「わからない」としています。
本化妙宗連盟の高橋智経氏はこれに対し、道善房や比叡山で戒を受けていて当然ではないかという見解を述べています。
私自身の見解を推測であることを恐れず申し上げれば、日蓮は修学時代に覚鑁の『五輪九字明秘釈』を書写しています。これは密教に関する相承がなければ本来閲覧も許されないようなものではないかと考えますと、私は清澄寺でなんらかの授戒があったのではないかと考えています。


阿闍梨号を弟子に付けていますが、その資格が日蓮にはあったのか。


これも正直な話、わかりません。
伯耆房日興も弘安期に白蓮阿闍梨と称されていますが、これについてなんらかの灌頂の儀のようなものがあったのか、興味深いところですが、少なくとも六老僧は全員、日蓮から阿闍梨号を授けられてますよね。




例えば真蹟として『不動愛染感見記』の存在や『五輪九字明秘釈』の存在から、若い頃の日蓮密教台密に関するなんらかの灌頂を受けていた可能性が高いと思います。また埼玉県川越市の中院の寺伝によれば、日蓮は中院の尊海僧正から天台恵心流の伝法灌頂を受けているようです。



繰り返しになりますが、日蓮が果たして本当に阿闍梨号を持っていたのかという点は不明です。個人的にはなんらかの灌頂を受けていたのではないかと推測しています。そうでなければ六老僧たちが日蓮からの阿闍梨号を受け入れたことが不自然に思えるんですね。例えば日昭は元々天台宗の僧ですし、日興と日持も本来四十九院で天台僧の師弟関係にありました。その彼らが自分勝手な灌頂の儀を私度僧が適当に考えて作ったとしたら、それはやはり信用されないと思うんですね。
以上から日蓮はなんらかの阿闍梨号を受けていたと考えるのが自然かなと思います。