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法華真言の用例。





みなさん、いつもありがとうございます。
さて今回は法華真言未分の時期の日蓮についてです。



以前、ブログでも指摘したように、立宗の建長5年から文永中頃まで、日蓮法華経真言とが未分の立場でした。日蓮が明確に真言を批判するようになるのは、文永後期以降のことになります。また修学時代の蓮長、若き日の日蓮真言の徒であったことは『五輪九字明秘密義釈』や『不動愛染感見記』からも伺うことができます。



日蓮真言批判の問題点」



その証拠として、日蓮遺文中には「法華真言」と、法華経真言とを同格に併記する用例が多く散見されます。
具体的に「法華真言」の用例が見られる遺文は、私が確認した限りでは以下の通りです。


立正安国論』(真蹟中山)1箇所
『安国論御勘由来』(真蹟中山)1箇所
守護国家論』(身延曽存)14箇所
『災難対治抄』(真蹟中山)1箇所
『当世念仏者無間地獄事』(真蹟不存)3箇所
『本尊問答抄』(日興写本)1箇所
『頼基陳状』(日興写本)1箇所
真蹟断簡・京都本圀寺蔵、1箇所
真蹟断簡・京都本禅寺蔵、1箇所


なお『法華真言勝劣事』の題号は、明確に「法華と真言の勝劣」であり、比較の意味なので除きました。また後年の真言批判に至る『撰時抄』にも「法華真言等」という用例が見えますが、これは法華真言等の諸宗の意味で用いられており、これも用例からは外しました。


とはいえ、上記のこれらの諸抄に、とりわけ『立正安国論』と『守護国家論』に「法華真言」と並列して書かれていることは非常に興味深いところです。


例えば上記のうち、『立正安国論』の当該の箇所を引用してみましょう。


「之に就いて之を見るに曇鸞道綽・善導の謬釈を引いて聖道・浄土・難行・易行の旨を建て法華真言惣じて一代の大乗六百三十七部二千八百八十三巻・一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て或は閉じ或は閣き或は抛つ此の四字を以て多く一切を迷わし」
創価学会版御書23ページ)


簡単に通解しますと、


「これ(法然の『選択集』)を見てみると、念仏の祖の曇鸞らの誤った釈を引いて、聖道・浄土・難行・易行の旨を立て、法華真言をはじめとする一切の釈迦の経典を『捨てよ』『閉じよ』『閣け』『抛て』の四字をもって一切衆生を迷わしている。」



となります。ここから考えれば『守護国家論』や『立正安国論』執筆の頃の日蓮は、法華と真言をまだ明確に区別しておらず、法華も真言もともに正しい教えであると考えていました。


『安国論御勘由来』はもっと明確です。
引用してみましょう。


「然るに後鳥羽院の御宇・建仁年中に法然・大日とて二人の増上慢の者有り悪鬼其の身に入つて国中の上下を誑惑し代を挙げて念仏者と成り人毎に禅宗に趣く、存の外に山門の御帰依浅薄なり国中の法華真言の学者棄て置かれ了んぬ」
(同34ページ)


簡単に通解してみましょう。


「然るに82代後鳥羽院の時代、建仁年中に法然房、大日房という二人の増上慢の者があり、悪鬼がその身に入って国中の上下万民を誑かし、人々は全て念仏者となり、或いは禅宗の信者となってしまった。そのため思いの外、比叡山に対する帰依の心が浅薄になってしまい、国中の法華真言の学者たちは捨て置かれてしまったのである。」


ここでも日蓮は明快に「法華」と「真言」をともに正しい教えであるとしています。