いつもみなさん、ありがとうございます。
日蓮は自身の教義として、本門
戒壇説を採っていましたが、本来「
戒壇」とは授戒の場所です。
戒壇とは授戒を行い、灌頂の儀式を行う場でした。
日蓮が自身のことを「
日蓮阿闍梨」と書いているのは遺文中で3箇所ありまして『当世念仏者無間地獄事』『行敏御返事』『十住毘婆沙論尋出御書』です(学会版御書全集ではそれぞれ104、179、1288ページになります)。このうち『行敏御返事』は真蹟が鷲津
本興寺に現存しますので、
日蓮自身が「
阿闍梨」号を名乗っていたことは真実であると思います。
問題になるのは、次の2点でしょう。
1、では
日蓮はどこで灌頂を受けて
阿闍梨号を得たのか。
2、六老僧などの弟子たちもまた
阿闍梨号を得ているが、これは
日蓮自身が授戒したのか。またその際になんらかの灌頂や授戒の儀式が存在したのか。
この2点ですが、確かなことはよくわかりません。もしも『不動愛染感見記』(真蹟:
保田妙本寺蔵)を
日蓮の真蹟と判断するなら、
日蓮自身が建長6年の時点で、なんらかの
密教の相承や灌頂を受けていた可能性が高いと思います。
そもそも
日蓮の門下は、他宗で授戒を受け、修行してきた僧が
日蓮に帰依する人が大多数です。日興も元々は
四十九院の供僧で、
天台宗で出家しています。
これについては、まだ私自身よくわからないところです。
ただ
日蓮本人が誰からも戒を受けずに
阿闍梨号を自称するとは私自身考えにくいと思っています。とすると、その受戒はどのようなものであったか、日興等に晩年、
阿闍梨号を授与する際になんらかの儀式があったのかは興味深いテーマかと考えています。