気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

日興の写本について。





いつもみなさん、ありがとうございます。


さて本ブログでは何度となく富士大石寺相伝と主張している『百六箇抄』や『御義口伝』『本因妙抄』について、それらが単なる偽書に過ぎないことを主張しています。


大石寺写本『御義口伝』の改竄」


『百六箇抄』の問題点①経巻相承」


「『百六箇抄』の問題点②男尊女卑思想」

「『百六箇抄』の問題点③史実との不整合」



というのも、私がそう思う複数の理由の一つなのですが、師の教えに厳格であった日興がそれらの記録を書いて遺していないという事実があまりに不自然だからです。


日興は、師である日蓮の述作を多数写本として遺しました。この日興の写本の数は全日蓮門下中、随一のものでして、この点については興門流以外の他山もその功績を高く評価し、認めています。
例えば日興写本として伝えられるものを以下に列記してみます。




『唱法華題目抄』東京由井一乗
立正安国論』玉沢妙法華寺、富士大石寺※1
『開目抄』(要文)北山本門寺
『法華取要抄』富士大石寺
『四信五品抄』富士大石寺
『本尊問答抄』北山本門寺
『始聞仏乗義』京都要法寺
『曾谷二郎入道殿御返事』北山本門寺
『兵衛志殿御書』北山本門寺
四条金吾殿御返事』北山本門寺
『頼基陳状』北山本門寺※1
『大学三郎殿御書』北山本門寺
『善無畏抄』京都本国寺
『波木井三郎殿御返事』北山本門寺
『浄蓮房御書』北山本門寺※1
『聖人等御返事』北山本門寺
伯耆殿御返事』北山本門寺
『高橋殿御返事』富士大石寺
『西山殿御返事』富士大石寺
『妙心尼御前御返事』4通、富士大石寺
『窪尼御前御返事』6通、富士大石寺
『三沢抄』北山本門寺※1
『南条兵衛七郎殿御書』北山本門寺保田妙本寺
『上野殿御返事』12通、富士大石寺
『南条殿御返事』富士大石寺
『種種物御消息』富士大石寺
『法華証明抄』富士大石寺
『一大五時鶏図』保田妙本寺
『一大五時鶏図』山梨正法寺
『転重軽受法門』福井長源寺
『法華行者値難事』讃岐本門寺
『秋元御書』静岡本覚寺


私の記録なので漏れや間違いもあるかと思いますが、それでも大変な数に及んでいます。
さらに付言すれば、日蓮入滅に際して、その詳細を『宗祖御遷化記録』として遺したのも日興です。



さらに日興の弟子で、その学識の高さから重須初代学頭に任じられた寂仙房日澄もまた、日興門流中で日興に次ぐ数(曽存も含めると21点に及ぶ)の写本を遺しています。日澄は延慶3年(1310年)3月に49歳で早逝していますから、日興の弟子としては10年余りで生涯を終えているのにもかかわらずです。




つまり本来の日興門流というのは、きちんと日蓮の遺文を書写して後世に遺すことを、一つの宗教的な使命感を持って行っていたことが、ここから推察できます。
それにも関わらず、日興と日興の弟子たちの記録の中に『御義口伝』等の相伝がどこにも全く記載されていない、遺されていないというのは、日興の性格から考えても私は普通にあり得ないことだと考えています。







注:※1
なお日興写本のうち『立正安国論』『浄蓮房御書』『頼基陳状』『三沢抄』については、近年の研究では日興ではなく日澄写本と考えられています。


参考文献:
本間俊文『初期日興門流における日蓮遺文の書写についてーー寂仙房日澄の事績を中心にーー』印度学仏教学研究第63巻第1号所収、平成26年12月。