気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

組織から離れて。




いつもみなさん、ありがとうございます。



さて最近ですが、メールにて私へのたくさんのご質問、ご意見、激励、応援メッセージ等を多数頂きます。本当にありがとうございます。ブログへのアクセスも毎日数千件のアクセスを頂いています。感謝です!
メールのほぼ全てが私への激励、応援メッセージであり、本当に嬉しいです。と同時にこれだけ多くの方が創価学会組織や大石寺講中で悩んでいることにいたたまれない気持ちになりました。


組織が考えるように考える理由などありません。自身で思索し、自分で結論を出せばいいだけのことなのです。そしてそれが間違いだと気づいた時は潔く改めて、新しく自分の人生を生き直すことが大切かと思います。


私に対して過分な評価も多くメールで頂きますが、私は単に若干皆さんより早く組織信仰に疑問を抱き、皆さんより若干早く自分で考え出しているだけなんです。
その意味では自身で信仰を築くことを先立ってやっている「先輩」格に当たるのかもしれませんが(笑)、単に先に疑問を抱いて非活になっただけなのであって、先達として伝えられることは伝えたいと考えているだけです。



もちろん私が考えているように考える理由などありません。私を批判して別の意見を持ったところでそれが謗法になるわけなどありませんし(笑)、むしろいろんな意見を持つ方がたくさん出てくることの方が大切だと私は思っています。


私は、曖昧な議論を好まないだけで、わからないことは正直にわからないと言うだけです。
私が忌み嫌うのは、読んでもいないしわかってもいないはずなのに、あたかも既知のことのように自分たち以外の宗教を下に見て、自身への批判を無視して、許さない人たちです。


そんな人たちに組織で囲まれて妥協して生きるなんて耐えられません。
私に意見を下さった方々のほぼ全てが組織幹部の柔軟性の無さ、教学力の低さに呆れ返っています。
そんな方達のことなど構う必要などありません。さっさと組織活動からドロップアウトして、非活になった方が賢明です。
彼らは組織の幹部要員に本当に危急を感じない限り、自分たちの問題点について自覚できないのではないかと思っています。


私は一人でも多くの活動家が創価学会組織や大石寺講中組織に対して反対の意を公然と表明し、その活動をどんどん提示する時、状況が変わってくるのではないかと考えている者の一人です。
みなさん、どんどん組織から離れましょう。
罰なんて出ません。
上意下達の方針なんて、誰かにやってもらえばよいではありませんか。
信仰はあくまで自由です。誰にも縛ることなどできません。