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創価学会の非活メンバーによる語り

六壺の日興本尊も贋作か。

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いつも皆さん、ありがとうございます。



さて大石寺奉安堂の弘安2年建立説の戒壇本尊は、後世の偽作であることを、このブログでも何度か書いてきました。


「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」

「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」

「興門流の各文書に見る戒壇本尊への疑義」


ところで、大石寺は日興による開山であり、日興の正統な系譜であることを自称しています。
大石寺の六壺には日興書写本尊が安置されています。


六壺は大石寺によれば、開山日興の創建によるもので、6つの部屋を「六壺」と称し、そのうちの一壺を「持仏堂」としたとされます。


その持仏堂には「乾元4年書写」の日興本尊が安置されていたそうです。そしてそれを板に模刻したものが六壺に現在安置されている本尊になります(画像参照)。
この板本尊は複数存在しまして、千葉の真光寺等の末寺にも置かれています。


ところで、この本尊の脇書には「乾元4年」と記されています。このことは堀日亨も記録で残しています。


「乾元四年八月十三日、富士大石寺持仏堂安置の本尊なり。」
(富士宗学要集第8巻201ページ)


ところが、この「乾元」という年号は2年までしか存在しません。乾元2年で元号が変わり、嘉元元年になっています。


ところが、大石寺の『富士年表』を見ますと、この「乾元四年」とすべきところをなんと「嘉元元年」に改竄しています。


ここの『富士年表』では1303年(嘉元元年)8月13日に持仏堂安置の日興本尊が書写されたとしています。これは事実の改竄です。


実はこの日興造とされる乾元四年本尊は偽作の疑いが濃いものです。日興筆曼荼羅のパッチワークによる模造とする方もいます。


日興筆跡のものを切り貼りして作ったのならば、それを正直に認めるとかすればよいのですが、宗史の年表を書き換えてまで信徒の目を逸らそうとするのは私には姑息にしか写りません。